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正法眼蔵を学ぶ

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梅花 Ⅰ-2

音声はこちら↓

梅花 Ⅰ正_02_01
梅花 Ⅰ正_02_02
梅花 Ⅰ正_02_03
梅花 Ⅰ正_02_04


「いま開演ある『老梅樹』、」いま開演ある老梅樹って言うのは、皆さん一人一人の生き様、展開してる今、如実に展開してる今、在り様です。それ、はなはだ無端なり。切りがないでしょう、皆さん。朝から晩まで一日見たって、途中で何か切れてしまって終わっちゃったって言う人はないでしょう。自分の様子がざーっと切り無くあるでしょう。

途中から人の様子と入れ替わったって、そう言う事もない。本当に自分自身の様子だけがダーッとあるのでしょう。見るにしろ、聞くにしろ、考えるにしろ、全部自分自身このものの活動以外にないじゃないですか。やってる事見て下さい。あれがこれが、あんな事がこんな事がって、そう言う事だって皆このものの活動でしょう。

だけども、騙されてる人は沢山いますよね。相手があると思って、向こうのものを受け入れるって言ってます。だけども、もっと皆さんに分かり易く説明するんだったら、時間を挙げたらよくわかるでしょう。今と言う時はですね、あなたのものか私のものか、どっちのものですか。こうやってて、今と言う時は?どっちのものですか?

そこには線引きなんかが無いじゃないですか。今と言うものにおいて。全部何もかも自分の様子でしょうが。お互い。何千人居ても、これ共有してですね、しかも争った事がない。共有しながら。あなたの見てる世界に土足で踏み込んでくるって事はないでしょう。エーこうやってお互い物を見てるけども。私が見てるのに邪魔な、そんな見方してって、見てる時に入って来ないでしょうが。
いいじゃない、そんなに上手く出来てる。

端なしって、切が無い。無限。だから言葉を変えれば福寿無量と言うんでしょう。命の尽きることはない。だから安心してこうやって生活できるでしょう。「『忽開花』」たちまち花が開くって言う。忽ちってどう言う事ですか。

犬がワン!って言った時に、皆さんどうですか。そう言うの、犬がワン!って言った時にどうなってる。そう言う処を見ると、忽ち開くって言う事が良く判るでしょう。聞くなんて言う事、一つも無いですけど、いきなりワン!じゃないですか。エー、犬が向こうで鳴いて、こっちで聞いたとかって言う様な気配も全くないよ。ワン!それだけじゃない。

それ自分の身体で、自分の様子だから、自分の在り様の上で見て下さい。そうなってる。そうなってる筈です。そう言う時には耳も身体もない、不思議に。自分自身も耳も身体も全く無い。ワン!そう言う風な事が耳で聞いたとか、身体で聞いたとかって一切そんな事なしに、ワン!なるでしょう。耳で聞いてますか。どっか耳が出てきますか。身体がどっかに出てきますか。ひとつもそんな事ないでしょう。ただワン!って言う様子がそこに展開されるだけでしょう。間違いなくそれが自分が聞いてる様子でしょうが。他人の事ではない。だから不思議に聞くとか言う様な気配も全く無い。そういうの忽ちと言うんでしょう。毛筋ほども人間の気配がそこに入らない。

それだから純粋にその事がその通りに伝わるんでしょう。歪められずに。誰でもがそうやって生活してるんですよ、よく見てみたら。これから修行してそう言う風な素晴しい人になるとか、そう言う聞き方が出来る様になるとかって言う様なそんな遠い話じゃないですよ。今、誰でもがそう言う風になれてますよ。だから気が付いたら、そのまま、アアッて言って大金持ちになるでしょう。エー。

それがお釈迦様が悟られた様子でしょう。自覚される。自覚をしたら、全てのそう言う様子がそのまま自分の様子として頂ける様に出来てる。それまでは、例えその話をしてみても、信じられないから、どうしても人事の様にしか聞こえない。それで、人事の様にしか聞こえないから、そうなれたらいいな、どうしたらなれるかなって、ケチな気持ちを起こして探し始める。探し始めたら見つからないのは分ってますよね。初めっからこれは自分自身ですから。探す様なものじゃないですよ。自分自身の本当の在り様はどうあるかって言うもの。探すから分らなくなるんです。

自ずから結果す、とある。「自結菓す」そうですよ。自ずから、その様に自分自身の今の様子にふれてみると、ああ、本当にそうなってるわ。パン!(扇で机を打つ)音がしたら間違いなくその通りに在って、音が止んだらどうもしないのにどこにも聞こえないって、何時も使ってますが、パン! どうですか。

皆さんもそうやって生活してる筈ですよ。ところが上手にそう言う事を使わないもんだから、人間の生活の上で、お互いが会話をした時に、気に入らないと思う様な言葉が入って来ると、どうしても話が終わってるのに、どっかに残ってる様な気配でいますよ。自分の耳に参じてご覧なさい。パン!人間は必ず音がした時にしか聞こえない。音がしてない時にはしないんだよ。

喋ってる時にはそう言う事がその通り伝わるけど、喋り終わったらパン!(机を打つ)そう言う事はパン!無い様に出来てます。そうやって生活したら楽じゃないですか。喋り終わってから、今言った事はなんだってかんだって言って、取り上げて愚図愚図愚図愚図言って、耳はその時に音がしたらその通りに聞く力を持ってる道具です。それだけです。音がした時に、その通り聞こえれば、耳はそれで100%任務を果たしてます。それ以上の事やる必要ないでしょう。だけども、そう言う自分の本当在り様を知らないから、自分の考え方で取り扱う事をやってる、それが人間でしょうが。普通人間と言われてる者には、愚かな処があるんでしょう。

この前、農家の方と話してた。お嫁に来て間もない頃から、お寺の役員さんをしてた家だから、私も何かあると交流があった。こっちへ嫁に来た方でした。私はそんな風になると思っていませんでしたけど、話を本人がするのに、本当に生活が楽になったって言ってました。お友達が2,3人来ておりましたけども、お友達が言うのに、昔はあの人はって、今本当に見違える様な生き方してるって。そう言うのを見て、友達が勉強に来てる。その一人の人の生き様で。

じゃ何をしたのかったら、今話した様に、だたその時に喋ってる通り聞いて、喋り終わったら無し。で会話できるんですね。それで。喋ってる時に、ちゃんと喋ってる内容が分るから、その通り話が出来る。昔はそうじゃなかったんです。聞いたものを自分の思いの上で、気に入るとか入らないとか、ずーっと取り上げて生活してた。嫁に来て、厳格なお家に来て、色んな事があったんでしょう。
これでご先祖様の所に行く時に、私は胸を張って行けるわって言ってました。エー。誰にはばかることなく、此処の家に嫁に来て嫁として。この立派な家のご先祖様の処へ、召された時に、大手を振って行けるって言って。凄い宣言をするなーと思ってます。

たったこれ位の事ですよ、勉強したの。この位の事で、その位にはなるんですよ。別に坊さんでもないお百姓さん。普通に野菜を作ったりしてる。仏道ってそう言うものです。人からもらったものは何も無い。自分自身の在り様にそうやって目を向けて、ああ、本当にそうすると楽になるんだって、それで困らないんだって言う事を知ったんです。言った事を何時までも掴んでいて、愚図愚図、愚図愚図する様な事しなくても、人は困らないんだって。生活に何の支障もない。やらない方がこの様に素晴しい生き方が出来るって言う事です。

生き証人だから、私が話をするよりも、ずっとその効力があるね。私はこんな、正法眼蔵をこうやって、小難しい話を一時間もするよりも、そう言う人が来て、自分の体験談を話しをしてくれた方が、皆さんだってはるかによく分るでしょう。人の話って聞いてみればよく分る。力があるからちゃんと答える。何も教えたもの無い。エーそう言う風に自ら実を結ぶでしょう。

「あるいは春をなし、あるいは冬をなす。」このものが無限の変化をするんですよ。春になると春になった様に、身も心も何もかも。例えばここの円通寺さんだって、春になれば円通寺の建物も何もかも、皆春になるんです。鐘ひとつ打っても、春の鐘の音になるんです。冬に打ってる時の鐘の音にならないんです、春になると。歩いてみてった、春の歩いてる様子になるんです。

そう言うのは皆さんよくわかるでしょう。常識ではそうはならないんだよね。何にもどこも変わらない、春になろうが冬になろうがって思いがちだけども、本当に何もかもどうもしないのに、その通り春になると春になった様に、全部入れ替わっちゃう。冬になるとそのまま冬の様子に全部かわる。所々冬になるんじゃない。冬になって、所々冬になるなんて事はない。柱時計一つも、こう言う額でも軸でも、皆冬になる。その一番元はこれ自体(自分自身)がそうです。だからこれが冬になったら、これが冬になって、こっからこれに入ってくるんです。全部その様になるんじゃないですか。

これは説明に過ぎません。だから説明はつまらないですね。説明している時、説明でない真実があります。それは自分達自分自身の身体に聞いて下さい。真実があります。私が説明してる真実は、各自自分自身の今の様子の中にあります。それが見届けられたら、私の話を聞く事に用が無くなるでしょう。そう言う人になってほしい。それがものを本当に学んだって言うことじゃない。

「あるいは『狂風』をなし、あるいは『暴雨』をなす。」まあ兎に角、ものと一緒に変化するんです。天地同根万物一体って、誰か残した言葉でしょう。古いインドの哲学には梵我一如と言う有名な言葉が、宇宙と我と一体と言う意味です。初めっからそう言う風に出来てるでしょ。宇宙と一つなんです。別じゃないんです。何処行ったって、皆さん。見て御覧なさい。行った先々と別に生きてる人は居ないでしょうが。そう言う事を見たらよくわかるじゃん。

「あるいは『衲僧』の『頂門』なり、」身近な事を言えば、自分自身の頭の頂きですね、頂門。頂き。「あるいは古仏の眼睛なり。」昔の立派な仏様達の眼ですね。眼睛て言うのは、目の中の一番大事な処です。黒目ですね。眼睛。それはとりも直さず、皆さん方の今の眼が古仏の眼睛なんでしょう。その証拠に一度たりとも他人の眼を借りて物を見ないじゃない。

「あるいは『草木』となれり、あるいは『清』『香』となれり。」まあ一杯そうやって挙げてくれてます。言いたい事は一まとめにすれば、そう言う事です。このものの活動です。本当にそう言う風に、このものはもう時々刻々、時と共にあるんですね。今という時と別にこのものが存在する事はないんです。ねぇ、だから、暴風になれば暴風、強風が吹けば強風なんです。エー。

「驀劄」とある様にまっしぐらですかね。「神変神怪きはむべからず。」神って言う。神変。神様の神って言うのは人間の考え方でどうする事も出来ない様な、絶妙不可思議な働きをさして、この神の字を使います。日本で神様って言うのは、それに近い様なニュアンスで使ってるのかも知れませんね。

だけどコン!(机打つ)こうやってやると、どうしてそう言う風に聞こえるのか知らないんだものしょうがない。だけど、こうやってコン!やられると、否応なしにそうなる。神変神怪。怪しいまでに、何故そうなるか。幾ら追求してもわからない位。コン!追求する前に、コン!

今日来る時に、一緒にお話して来たんですが、海抜って、電話して、山の高さ、海抜っていう訳ですか、海抜って一体どういう事かって言って尋ねておられたらしいんだけど、省庁へ電話すると、私の所では分らないからあっちに聞いてくれって、こっちへ電話するとあっちでと、相当ぐるぐるぐるぐる回って、何処にも海抜って事に対するはっきりする答えが無いらしい。で最終的にどうなったかって聞いたら、東京湾の潮位がですね、一番まあ低い時を基準に、何か海抜って言うものは考えられたらしいって言う事らしい。じゃ今の海抜何メートルって言う山はですね、海水がですね、膨張している現在ですね、山の高さは正確じゃあないじゃないかと。まあそんな冗談話して来たんですけど、何時までも同じだと思ってるのね、山の高さが変わらないと思ってる。兎に角それらも「神変神怪なり」ですね。

私達の想像を絶するんですね。誰か人間的なものの上からそうやって基準を作るんだけど、作っても作っても、そんなものを難なくクリヤーして行っちゃう。真実って言うものはそう言うものですね。どんな頭のいい人がそれをとやかく言ったって、事実は替えられませんからね。エー。事実って言うのは凄いもんですよ。

だけども、人間は愚かだから、事実よりも自分達が決めた考え方の方が絶対優先だと思って譲らないんですよね。それだから事柄がうまく解決できない。事柄を本当に解決したかったら、事実に手をつけないのでしょう。皆考え方に手を付けたって、何にも変わらんでしょう。ねぇ。仏道ってそう言う大きな根源的な救いの道をちゃーんと示してるんだと思います。

「乃至大地高天、明日清月、」とあります。空や大地や月や太陽やと言う様な事ですね。そう言う事が問題にされてます。それ、本当に皆、このものの様子でしょ。この皆さんの自分自身の様子ですよ。ここら辺は、普通の勉強の仕方と違うもんだから、中々受け入れ難いのかもしれないけど、理解を少しでもして頂ける様に、一応話をしますけどね。このもの無しにはですね、無理なんですよ、全部。

次に挙げてあるように、「これ老梅樹の樹功より樹功せり。」このものの在り様に依って、日月もあり、大地もあり、空もあり、ありとあらゆるものが、このものの在り様によって、皆成立してるんです。自分の在り様だから、見た物、聞いた物、食べた物、香りがした物、或いは話でも、或いは思う事でも、皆問題になる訳です。他人の事だったら問題になりませんよ。切り離せない、本当に自分自身の活動だからですよ。本当にそう言う風に「老梅樹の樹功より樹功せり。」この一身にあって、この身心一つによって、そう言う事が全て出て来るんじゃない。

「葛藤の葛藤を結纏するなり。」そのものがその時にそのものとしてきちっと現れるのは、そう言う風に出来てるんです。寸時寸分も時間に狂いがない。その時にその場所で、その事が本当にその通りにある。どんな事でもそうです。それ位「葛藤の葛藤を結纏」するなり纏結でもいいですよね、熟語は。同じ意味です。纏わりつくというんですけども、今の事がピッタリ今の事としてあるって言う事です。時間も時も隔てずに、その通りに。一々そうです。
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  1. 2018/10/05(金) 13:58:18|
  2. 梅花
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