FC2ブログ

安居 ⅩⅣ (終)

音声はこちら ↓

安居_ⅩⅣ_01
安居_ⅩⅣ_02
安居_ⅩⅣ_03
安居_ⅩⅣ_04
安居_ⅩⅣ_05
安居_ⅩⅣ_06
安居_ⅩⅣ_07



「今我れ敬請す、声聞に依らず、」先ほど上げた様に、独りよがりな生活をせずに、「当に十方如来、及び大菩薩とともに、三月安居すべし。」三月安居すべし、「菩薩の無上妙覚大因縁を修せんが為の故に、」何をそこでやるかったら、自分自身の本当の在り様にって言う事です。それはお釈迦様が自覚をされた様子ですから、私達もお釈迦様が自覚をされた様に、自分自身のこの実相といわれるものですね、清浄の実相と言われる、或いは寂滅の境涯と言われる、そう言う様な処に居てですね、「徒衆を繫ぜず、」独りよがりにならずにって言う事です。
  小人は閑居して不善をなす、何かあるでしょう。一人生活して不善をなす。何かそんな言葉が有ったと思う。大勢の人と一緒に居るとですね、有難いですよ。自分の悪い癖がみな取れて行く。例えば食事でもそう。十人で居て一人だけ他人の事全然構わずに何時までもゆっくりって、そんな生活しないでしょう。少しは何時もより早めたり、もうちょっと何かしなきゃとおもって、じゃ少し食べるの減らしてでも一緒にやるかって言う位、気を使って行くじゃないですか。朝寝して何時も起こされる。一緒に生活してると、そう言う事も自ずから正されて行く。顔を洗うのもちゃちゃっと洗って、いい加減にすっと坐る。時間に間に合えば良いって、そう言う様な姑息な生活は止めて、キチッとした生活を、皆する様になってるじゃん。一人だったら、本当に誰にも知られないから、結構いい加減になるんじゃないですか。食事も一人になると身体壊すでしょう、まあ今日はこれ位で良いかとか。まあそんな事にして置きますか。
  「善男子此れを菩薩の示現安居と名づく。」目の当たりに皆さん方に示してくれる安居の様子ですね。「しかあればすなはち、『比丘比丘尼、優婆塞優婆夷』等、かならず安居三月にいたるごとには、十方如来および大菩薩とともに、『無上妙覚大因縁』を修するなり。」知らないうちに、そうやって生活すると、仏様の自覚をされた内容にこう触れて行くって言うんです。「しるべし、優婆塞優婆夷も安居すべきなり。」在家の男性女性の方々も、この安居にご参加下さい。お坊さん達だけじゃない。出家した人達だけのものではない。そう言うな事をここに書いてある処をみると、永平寺様では在家の男性も女性も安居に入れるのかなと思うと、現今では入れませんね。こう言う処を読んでないでしょう?)「この安居のところは『大円覚』なり。」本当に素晴らしい世界だよと言っています。
  「しかればすなはち、鷲峰山・」鷲峰山、霊鷲山のことですかね。祇樹給孤独園と言いますが「鷲峰山・孤独園、」色んな所がありますが、「おなじく如来の大円覚伽藍なり。」お寺の建物を伽藍と言いますね。中が何も無いから伽藍(ガラン))と言う訳じゃあない。まあそれで良いですかね。「『十方如来及大菩薩』、ともに安居三月の修行あること、世尊のをしへを聴受すべし」この様にお釈迦様の残された教えを聞いて受け取って、実践して下さいと言うんでしょう。
 そこで圜悟克勤の残されたものの中の一節を道元禅師が引いておられます。どんなものが引かれて居るか。「世尊一処に九旬安居したまひしに、自恣の日に至って、」それが終わる、三か月が終わる日ですね、自恣の日、九十日目です。「至って、文殊倐に来たって会にあり。」そこに文殊菩薩がおいでになって一緒に居られる。そこで迦葉尊者が文殊菩薩に、こんな風に尋ねられた。『今夏何れの処にか安居せる。』この夏は何処でご修行をしておられましたか。」と。「文殊云く、『今夏三処に在って安居せり。』」九十日を一つの処で過ごすのを普通安居と言っておりますから、この迦葉尊者、文殊が三か所で安居したって言ったもんだから、怪訝な気が起きたんでしょうねぇ。『今夏三処に在って安居せり。』と文殊が言った。
  「迦葉是に於いて集衆白槌して文殊を擯せんとす。」この人は一か所に三か月居た人じゃないから、こんな処に置いとく訳にはいかないって言って、皆に告げたんですね。白槌してって言うのは、人に何かを告げる時に、例えば法廷で何かこうやって、槌の様な物を打って、パタって何かやるじゃないですか。ああ言うのに似てます。「纔かに犍槌を挙するに、即ち無量の仏刹顕現し、一々の仏所に一々の文殊あり、一々の迦葉あり、挙槌して文殊を擯せんとすると見る。」文殊菩薩を追い出そうと思ったら、そこにですね、千枚の蓮の葉っぱ、睡蓮じゃない方ね、蓮の葉っぱがこうダーっと敷き詰められた様にこうなって、その上に一人一人文殊菩薩が皆坐ってる、千枚の蓮の葉っぱの上に。それで迦葉尊者が追い出そうとする時に、一つ一つを追い出そうとするんだけど、間に合わない。もぐら何か叩きってあるじゃないですか。あんな感じでしょうかねぇ。
 そこでそれを見ていたお釈迦様がですね、「世尊是において」迦葉尊者にこんな事を言っておられる。お前何処の上の文殊菩薩を追い出そうとしてるのか。「時に迦葉茫然たり。」手のつけようがない。何処にこういう中でその問題を取り上げたかって言うと、安居は必ず夏安居三か月一か所に留まって安居すべきだって言う様なものが仏制としてひかれてるもんだから、それに対して文殊は反している、その違反した者を此処に、今終わり頃になってですね、一緒に居るなんて、こんなやつ此処においといちゃ駄目じゃないかって言う事で、排斥しようとした時にこう言う現象が起こったと言う。それでお釈迦様がその二人のやり取りを見ていてですね、投げかけられた言葉がこれなんですね。どの葉っぱの上に居る文殊菩薩を、お前取り除こうか、外に追い出そうとするのか。何か忍者の世界みたいじゃないですか。変幻自在。
 まあそれが一段ですが、それに対して圜悟禅師が自らこの様にいっておられますね。『鐘撃たざれば響かず 、鼓打たざれば鳴らず。』そりゃそうでしょう。全然問題ないですね。難しい事ない、その通り。『迦葉既に要津を把定すれば、文殊乃ち十方坐断す。当時好一場の仏事なり。』下の言葉はこう言う読んでいて、迦葉尊者が文殊を三処安居によって擯出しようとした時、安居とは大円覚を以て伽藍となすと見ぬいた。自分が考えていたのとは違うと言う事ですね。あなた達今、今と言う処から安居する時に絶対外れる事がない、そう言う処で生活してます。それは本当に皆そうでしょう。それが千の蓮の葉っぱの上に一々自分自身の真相が其処にあると言う事じゃない。何をやっていても自分の様子だって、私はよく使いますけども、何処で何をしていても、生涯自分の様子ばかりですよ。これはもう決定的にそうなんですね。
 でもあの人があんな事を、この人がこんな事を言うって言う風に言葉を上げるとですね、何か他人事が在る様に自分の中で思ってる。それは逆で、自分が自分の様子を見て、そう言う風にあれが、あれがあいつが、あそこで、そう言う風に自分が見ているのであって、それ全部他の人がやってないって事、それ良く知ってるでしょう。それ全部自分が付けたんでしょうが。あの人があんな事言ってる、あの人あんな事やってるって。そう言う見方をしたり、聞き方をしたりしてる。自分が付けた見解でしょう。向こうには付いてないでしょう。しかも聞こえる時には、向こうとこっちと別々に離れてるって言う事はない。物を見る時向こうとこっちと別々にって事はない。必ず一緒になってる。見えたり聞こえたりしてるだけでしょう。二つ無いですよ、真実は。清浄実相と言われるけど、本当にその通り今の在り様が何時でもあるだけですよ。人間の考え方は別々になると思うから、修行する時にまず清浄の在り方として、自分の考え方を付けずに物の真相そのものにこう触れる要がある。それが六根の真相です。
 エー『当時好一場の仏事なり。』それは仏様が自覚される時のあるいは自覚された内容でもある訳ですね。結句として『惜しむべし』おしむらくは、残念な事に『一著を放過せることを』そう言う処に触れていながら、みすみすそれを見過ごしてしまって、取り逃がしてしまってる。何故みすみす取り逃がしたり、それを見損なうかって言うと、余分な事してるからでしょう。自分が頭の中にそれ以外の事描いているから、それに触れても大事だとも思わない訳です。そう言うものでしょう、人間て。自分の中で描いてる物を探すって言うのが、大体の人じゃない。その自分の中で描いてる物、探せるとああ良かったって。その通りの事が人間の意識の上で行われてる現実感を増して行く。本質的なものはそんな物離れてるじゃないですか。
 釈迦老師の「『阿那箇の文殊をか擯せんとする』と道せんを待って、」言う事をまって、「便ち撃一槌を与えて看るべし、他什麼の合殺をか作す。」沢山葉っぱの上に文殊様が居るけど、どれをそっからつまみ出すんだって言った時にですね、「便ち撃一槌を与えて看るべし、」って言う言うのは、パン!叩いてごらんと。槌と言う物がありますけど、そう言う物叩いてごらん。そうするとですね、不思議だね、音を聞いた途端にパン!考えてた物、皆すっとんじゃうんだね、人間て。千枚の上に一々一人ずつの文殊様が居る、どれをとか思ってたものが、こうやってパン!全部すっ飛ぶ様に出来てる。「合殺を作す。」別に殺す訳じゃないですよ。それで全部終わるんです。疑いが消えるのです。疑いは考えてる上の話ですから。考えてる物を止めると事実だけが、パン!するんです。ね。
 更に圜悟禅師の頌古にこの様な事があると言って引いておられます。象は兎の歩いた道を踏まない。兎の歩いた道じゃ象はちょっと狭くて通れないって。「大象は兎径に遊ばず、燕雀安んぞ鴻鵠を知らん。」鴻も鵠も大きなって言う方ですね。雀も燕も小さい方です。似た様な句が挙げてあります。「拠令宛も風を成すが若し、」この風をなすがごとし、「拠令宛も風を成すが若し、」って、坊さん達はよく知っておられると思うけども、従容録の達磨廓然の頌古にですね、「得は鼻を犯さずして斧を揮い」と。あれが此処の事ですね。斧を世界一と言われる斧を使う名工がおってですね、どの位素晴らしい技を施すかって言うので、鼻の上に白い粉をこうやって塗ってですね、この鼻の上にのった粉を斧で削ぎ取るって言う事です。その時に鼻を一つも痛めずに、粉だけが見事にこうやって取られるって言う、そう言う凄い技を持ってる人なんですね。「拠令宛も風を成すが若し、」「拠令」ってそこに拠り所としてって言うことでしょう。拠は拠り所とせしむ。
 皆さん方がこうやって、パン!音を聞くのに、ですね、手をつけずにそのままその音を生け捕りにする位の力があるじゃないですか。こう言う様な事があるじゃない。私がこうやって扇子を開いた。これを見るのに、あなた方何も手を施さないうちに、この私が扇子をこう開いたのをそのまま自分の生活の中で頂いてるって、そう言う様なものが皆さん方の命ですよ。凄いものこう持ってるんですよ。コンコンコンコン。自分の方で私が開けた様になろうとも思わないのに、必ずずれた試しがない。こんなに綺麗な生活が一緒になって生活が出来る。ここには何一つ不足言う時間帯が入って来ない。此れが皆さん方の本来の生活です。そう言うもの皆さん自分の事がはっきりすれば良いじゃない、生活して。こう言う大事な事を捨てといて、さっきも有った様に、『惜しむべし、一著を放過せることを』って事でしょう。自分達の本当の真相が在りながら、自分たちの事を知らない、自覚出来ないもんだから、他にもっと素晴らしいものがあるって尋ねて行く様な事をする。それが先ず一番愚かな事なんでしょう。自分をそんなに素晴らしいものと思ってないでしょう。だけどそう言う処に皆さんも生活してるのね。
 「拠令宛も風を成すが若し、破的渾て鏃を囓むがごとし。」的を射るって事ですか。普通に言えば、時間帯でズレた生活をしてる事は一度も無いって言う事じゃないですか。そう言う事なんだって、皆さん感じてるでしょう、生活する時に。時間帯でズレた生活を一度もした事が無い。考え方は何処か何時もズレてる様に思う。実生活は何時もズレた事無いですよ。実生活の中にもう一つの過ごし方って出て来ないんだもん。不思議ですねぇ。もう一つの生活が出て来なかったら、こんなに皆さんがしんどくない筈ですよ。皆さんがもの凄くしんどく感じてるのは、何処かにもう一つの自分の生き方が有る様に常に見て、そして酷い人は、自分の今の生活してる方を、こんな生活をしててもしょうがないじゃないかって言う風に思って、まず実生活を叩き潰して、そして自分が求めてる様な素晴らしいって描いてる様な世界を、何処かにずーっと尋ね歩いてる、生涯。尋ねても行き当らないものを探してる。これ、くたびれ果てて死んでいくんですね。難しい話じゃないでしょ。現実その様に過ごしている人の方が多いのでは?
 ご飯食べるんだってそうでしょう。口に入れて、その食べてる味がして、それを十分に味わえば、そこで味わう事が出来たら、それで幸せな時間帯が出来るのでしょう。だけど何こんなものそう言う風に食べてる人が居るでしょう。ああ、こんなって。世界のトップを行く人達はですね、皆さんが捨てた、こんな汚いゴミ溜の様なって思う様な中でもですね、じっとこうやって観察をして、昨日も何か見てたら、蚊に食わせる人が居たけど、引っ掛ける。片手に二百匹とかって、何か蚊に食わせて、実験している女性がいた。雌しか食わない事は私も聞いて知っていたけど、雄は何を食べて生きてるんだろうと思っていたら、蚊って言うのは、元々血を吸わなくても生きてる動物だって事が分かった。蜜を吸ったりして花の、それで十分生きてる。子供を産むために蛋白質が足りないから血を吸うと、その中に沢山栄養が有るらしい。誰が考えたかしらん、誰からそんな事を学んだかしれないけど、不思議ですね。蚊の世界でも、誰からも学んだ訳でもないけど、誰からも教えられた訳でもないのに、ああー生物って不思議な物ですねぇ。まだそれを研究する不思議な世界です。利口な人位、そうやって今の物の中に、皆さんの知り得ない素晴らしい内容が在る事を知ってる。
 「徧界是れ文殊、」すべて自分の様子だと言う事ですよ。それすべて自分の様子って事は、逆な言い方をすれば、こうやって各自が見る時、一人一人が自分の見ている事が行われている以外に、何千人何億人の人が居ようが、こうやって見る時、他の人が見ないんだよ。必ず自分の眼で見てる様子だけなんです。生涯そうですよ。それどういう事か分かりますか。それがどう言う風な事になるのか。皆さん方は他人の見てる様子と、なんで比べるんですか。自分で本当に見てる時、他人の見てる様子と比べて見てる人なんか居ないですよ。そんな事したら、自分の今見てる様子にならない。そして本当に自分の見てる様子だけになった時、一切他の人の見てる様子なんか問題ないじゃない、要らないじゃないですか。そんな穏やかな生活が出来てるじゃない。そう言う事をご存じかしら。
 聞く時でもそうです。一切の音に触れてるたって、皆自分の耳で聞いた音だけですよ。自分の耳で聞いてる音だけだから、聞いて、音を聞いてごちゃごちゃになるなんて言う事は一切ない。その通り聞こえるだけです。どの様な物でも。絶妙な音です。その今してる音に合わせるなんて聞き方はしません。その音の通りに聞くなんて一切しない。しないのに必ずその通りの音の様にしか聞こえない様になってる。こんな穏やかに生きられてる。
「徧界これ迦葉、」どっちでも良いじゃん。ここには文殊菩薩とか迦葉大師とかって人の名前上げてますけど、それ皆自分自身の事ですよ、誰も。「相対しておのおの儼然たり。」よく見てごらんなさい。これ相対って言うんだけども、物を見る時、向こうとこっちって相対するって言うんだけど、必ず二つは無いですよ。エー不思議ですね。「挙椎何れの処か罰せん好一箚、」非の打ちどころが無いって言うんでしょう。「金色の頭陀會て落却せり。」お釈迦様も金色、全身が黄金の様に光を発してるって言うんで、金色と言われるのが、後を継いだ頭陀大師と言われる摩訶迦葉尊者も、お釈迦様に似て金色の色を発せりと言う事ですかね。「金色の頭陀會て落却せり。」取り落としているって訳してますね。落却せり。椎を取り落とす。椎って叩く道具です。落却せり、取り落としてるって言うよりは、打つのを忘れてしまったと言う事でしょうかねぇ。お釈迦様に、千の蓮の葉っぱの上一々菩薩がおられるけど、お前はどの文殊、どの葉っぱの上の文殊菩薩をこっから、擯斥するのかって言われた時に、ついうっかり、椎砧でこうやって叩く道具があるんだけど、その椎を手からポロっと落としてしまったと言う事は、打ち忘れてしまったと言う事でしょう。そのお釈迦様の質問に対して呆然としてってあります。「呆然たり。」呆然自失と言う様な事が言われるけど。そんな事が圜悟禅師の頌古と言うものに引かれていますね。
 それを道元禅師がお受けになって「しかあればすなはち、世尊一処安居、文殊三処安居なりといへども、いまだ不安悟あらず。」要するに先程からずーっと問題にしてますけど、九十日一カ所で居るのが正しいのか、三カ所じゃないのかって言う様な疑問が起きた時に、道元禅師は一カ所でも三カ所でも、って言っております。どちらもちゃんとした安居になるのだと言っていますね。「いまだ不安居あらず。」とあります。「もし不安居は、仏及菩薩にあらず。」最初に安居の巻に入る頃にちょっと話した様に、安居って言うのは安らかに其処で生活する、不安な気持ちが一切無しに其処で生活するって言う事が安居と言う表題になってますね。不安に居す、平安に居すと言う事です。で。もし不安な気持ちで其処で生活するんだったら、仏様が菩薩さん達の修行の在り方ではないと。
 「仏祖の児孫なるもの安居せざるはなし、安居せんは仏祖の児孫としるべし。」安居すれば、それで安心して安らかに生活が営まれるんだったら、それが仏様やお弟子さん達の在り方です。「安居するは仏祖の身心なり、仏祖の眼睛なり、仏祖の命根なり。」そこで生活してる内容、一々挙げてみると、そう言う事が言えるでしょう。仏様方、悟りを開かれた方の在り様そのものが其処で展開されてる、身体や心の働きの上で。
 或いは眼の様子を見てもそう。先ほどから何回か上げてますけど、皆さんの眼だってそうでしょう。どう言うに本当は自分の眼が毎日生活してるか見て下さい。眼は色んな物を見て苦しんだ事は一度も無い。それによって迷ったり悩んだりする事は一切起こさない道具です。眼ってそう言うものですよ。その物とふれた時しかその物が見えない道具です。その物から離れると、その物が自然に見えなくなる様になってる。で、無くなったって、何処かにしまってある場所がある様な見え方、しまってある様な隠れ方はしないのですね。何処にも残らないんです。隠した場所も無い。だから探っても出て来ない。それだから良いのです。それを仏祖の眼睛と言ってます。仏祖の命根、そう言う風な命だから、生き活きとした生活をしてると言う事ですね。「安居せざらんは仏祖の児孫にあらず、」何回も出て来ます。「仏祖にあらざるなり。」「いま泥木・素金・七宝の仏菩薩、みなともに安居三月の夏坐おこなはるべし。」人間だけかと思ったら、そこに作られた木造で出来た物も、或いは地金で作った物も、或いは金銀瑠璃玻璃瑪瑙硨磲珊瑚、七つの宝ですね、そう言う物で書かれた仏様菩薩様、皆ともに一緒に其処で三月過ごすと言う事です。
 もっと言えば鍋釜も皆そうです。誰かの野球の選手の着たユニホームが落札幾らとかって出てました。(笑)かっての名選手が試合の時に着ていたユニホームだと言う事だから高いのでしょうね。ユニホームは何着もきっと着替えがあって、一度も手を通した事の無い、真新しいその方のユニホームもある訳でしょう。だけどもその一番汚れた様な、汚いやつだった。不思議ですね。三月安居したからですね。新品の方が高い時もある、勿論。誰か一回着たのって言うと、すぐ値段が下がる場合もあるけど。こう言う処、引いてみると面白いね。
 「これすなはち住持仏法僧宝の故実なり。仏訓なり。おほよそ仏祖の屋裏人、さだめて坐夏安居三月、つとむべし。」まあそう言う風にして結んでおられます。これ四十六の時ですね。道元禅師が四十六歳の夏安居の時に、まだ永平寺と名が付けられていなかった、永平寺の前段階大仏寺と言われている時代に示されたものだと言う風に、奥書があります。
 以上で安居の巻終わります。皆さんに直接関係ないって言やあ、無いかもしれませんが、まあお互い日常生活をしているので、こういう基本的な生活の在り方を、日常の生活でも学べる処があったら、ぜひ取り入れて頂ければと思う。それで、取り入れるのには、一度位お寺に顔をのぞかせて、そして三か月とは言いませんから、一泊でも二日でも一週間でも体験して、チラっとでも見て触れて貰うと、片鱗が伺われるかと思うので、折があったらそう言う事もお勧めだと思います。以上で一応、これ今第三巻、四冊に分かれているので、三巻終わりにしますので、四巻目無い方は出来ればお求め頂いて、どうしても無い方は最初の頃コピーを頂けるかも知れません。以上です。

スポンサーサイト



安居 ⅩⅢ

音声はこちら ↓

安居_ⅩⅢ_01
安居_ⅩⅢ_02
安居_ⅩⅢ_03
安居_ⅩⅢ_04
安居_ⅩⅢ_05
安居_ⅩⅢ_06
安居_ⅩⅢ_07



「ただ因地に修習するのみにあらず、」見えない所でって言った方が良いですね。「因地に修習するのみにあらず、」結果が出て来ないと、皆さん中々やらないんだけども、結果はすぐ出るばかりじゃないからね。十年先かも知れない。或いは自分の代が終わって次の代になった位に芽を吹くかも知れない、言う様な事もあるもんね。「果位の修証なり。」まあそこまでそれでいいですかね。
 「大覚世尊すでに一代のあひだ、一夏も闕如なく修証しませませり。」お釈迦様は在世の間、みまかりになる迄、ずーっとこう言う形で生涯を通された。「しるべし、果上の仏証なりといふこと。」果上の仏証って言う事は、お釈迦様が悟りと開かれた上で、って言う事が果上でしょう。そしてその悟りを開かれた身体で以て、日々大勢の方々と一緒に、一緒の場所で生活をされたって言った方が分かりやすいですかね。丸ごと表へ出るって言う事でしょう。
 普通はどっかで人に知られない様な処で何かするって言う様な事、結構あるんですよ。色んな社会で、みてご覧なさい。都合の悪いことは絶対人に見せない、人に聞かせないと言う様な、そう言う処があって、そこら辺で色んな相談がなされたりする事があって問題になる訳です。お釈迦様はですね、亡くなる迄皆と一緒にこうやって毎日生活して、一つも隠す処が無い。それ凄い事ですよ。
 似た様な事は日本の場合は、皇室の陛下などはまさに生涯公人ですからねぇ。多分お手洗いに行く時でも、手洗いの周りにSPみたいなのが居るんでしょうなぁ。おなら出すと聞こえるね。いやだなあ。私なんかだと、ちょっと安心してお手洗いにも入れない。風呂に入っても、中には一緒に入らない様にしても、周りには何人かは居るのでしょう。二十四時間縄の無いもので縛られている様なもんですよ。隠しカメラで相当撮られてる様なもんですよ。本当にそう言う事思うと、私なんか頭下がるな。そう言う事皆さんは思う事がありますか。陛下って国を代表しておられるけど。ああ言う方々の一日の生活って、本当にだから他所から入って来られてですねぇ、色んな過信があるでしょう。言いたい放題だからねぇ、その人は。ちょっと自分の気に入らなけりゃ、ほんとおかしくなるよ。気の毒だと思うけど。そう言う気がする。立派な人でさえもそうなりやすい。こう言う事を感じてます。
 一夏も欠ける事無く。「しかあるを、九夏安居は修証せざれども、われは仏祖の児孫なるべしといふは、わらふべし。」こう言う人達も勿論色んな時代に居る訳でしょう。道元禅師はそう言う方々に対してこう言う痛烈な言葉を残しておられるねぇ。「わらふにたへざるおろかなるものなり。かくのごとくいはんともがらのこと葉をばきくべからず。」共に語るべからず、一緒に坐るべからず、一つ道を歩むべからず。一緒に歩くな、凄い事じゃないですか。潔癖な方って言う表現では済まないでしょうねぇ。仏道に対して、もの凄く真摯に純粋なものを伝えて行こうとする気持ちが強い。こう言う処は本当に許さないんだね。これが今日迄、曹洞宗を支えて来た原動力じゃないですか。一番最初の人がですね、その位はまあいいやって、その位はいいやって言ったら、すぐクズグズになりますよ。
 徳川三百年の基盤だってそうでしょう。自分に厳しい方だったでしょう。家康って、身内に。身内の中で少し不正があったり、それらしい動きがあれば、自ら首を刎ねたりした訳でしょう。そう言うものが、他の家臣達に対してしゃんとした気持ちを持たせたのでしょうね。とかく身内に甘くなる。身内だけじゃなくて、自分自身に甘くなる、一番に。私も弱いとこですが、攻められそうな処ですが、自分自身に一番弱くなる。修行はやっぱり自分自身に一番厳しくないと、修行は進まないと思いますね。自分に嘘をついたら、もうそれで終りでしょう。
 「仏法には梵壇の法をもて悪人を治するがゆゑに。」下にもあります。梵壇、黙擯と訳すとありますね。「戒律における治罰法の一つで衆僧が之と言語を交えない事。」戒律に違反した場合は、その修行僧をそこから擯斥して絶交をすると言う形があります。お見えになっても、その人とは会わないって言う様な。何だろう、黙っていてですよ、見向きもされない、相手にされないって一番酷い仕打ちですよね。知らん顔されるってそう言う事でしょう。凄い仕打ちですよね。そう言うものが、仏制にはあると、そう言うものを引いておられます。
 「ただまさに九夏安居これ仏祖と会取すべし、保任すべし。」この九十日一緒に修行する内容が仏様の本当の在り様を勉強する根本だと。大体九十日一緒に生活するとですねぇ、まあすべて裏も表も全部見通しになる、お互いにね。それが一緒に修行、生活する良さじゃないですか。集団生活ってそう言う事でしょう。何で集団生活嫌なのかって言うと、自分のそう言う見られたくないものが相手に見られる恐れがあるから、って言う様な人は、一緒に生活する事を嫌がる訳でしょう。一回集団生活九十日位過ごすと、同釜の飯を喫するって言って、同じ釜の飯を食った仲って言って、生涯大体友達になれるって言うのが通説です。
 「その正伝しきたれること、七仏より摩訶迦葉におよぶ。西天二十八祖、嫡々正伝せり。第二十八祖みづから震旦に出でて二祖大祖正宗普覚大師をして正伝せしむ。」これは流れですね。今日までこの流れ の処ずっーと説いて、インドから中国に。「二祖よりこのかた、嫡々正伝して而今に正伝せり。」と言う事は、ここでは道元禅師の処までと言う事で良いでしょう。「震旦にいりてまのあたり仏祖の会下にして正伝し、日本国に正伝す。」ご自身がそうやって、そこに行って実践をして実修をして、今日本にそれを伝えた、正しく伝えたと言う。
 「すでに正伝せる会にして九旬坐夏しつれば、すでに夏法を正伝するなり。この人と共住して安居せんは、まことの安居なるべし。」で、その筆頭の人は孤雲懐壤と言う方になるのでしょう。道元禅師の後を継がれた方です。「まことの安居なるべし。まさしく仏在世の安居より嫡々面授しきたれるがゆゑに、仏面祖面まのあたり正伝しきたれり。」一々手に取る様に、今目の当たりにそれを、見ているだけじゃなくて、実践して実感して体感してと言う事ですね。「仏祖身心したしく証契しきたれり。」もうそれでいいよ、それで間違い無いよって言う様な符号をする処がある、お互いに。
 「かるがゆゑにいふ、安居をみるは仏をみるなり、安居を証するは仏を証するなり。安居を行ずるは仏を行ずるなり、安居をきくは仏をきくなり、安居をならふは仏を学するなり。」まあ丁寧に、一緒に居るって言う事が、どの位の内容をお互いに勉強出来るかと言う事です。実物がそこに居る訳ですからね。お釈迦様から、五十二代、道元禅師と一緒に生活するって言う事は。「おほよそ九旬安居を、諸仏諸祖いまだ違越しましまさざる法なり。」黙ったり越えない。聞くよりは見るべし、見るよりは行うべしか何かあるでしょう。ねぇ。一緒に生活するって言う事の重さがよく伝わって来ます。
 「しかあればすなはち、人王・釈王・梵王等、比丘僧となりて、たとひ一夏なりといふとも安居すべし。」出来れば皆さん方もどうぞ一緒に九十日過ごしてみませんかと。インドの国では、青年期、昔そう言う風な法律の様なものがあって、山林、森林に入って禅定を組んだり何かする修行期間が、長子には、長男ですね、後を継ぐ方には求められていたと言う風習があるようです。今は知りません。
  「それ見仏ならん。」「人衆・天衆・龍衆、たとひ一九旬なりとも比丘比丘尼となりて安居すべし。すなはち見仏ならん。」そうすれば仏様って言うんだけども、自覚をされた方々がどう言う生活を一体するかって言う事が、目の当たりに見てとれる、言う事ですね。「仏祖の会にまじわりて九旬安居しきたれるは見仏来なり。」仏を見来たれるなり。「われらさいはひにいま露命のおちざるさきに、」死ぬる前に、「あるいは天上にもあれ、あるいは人間にもあれ、すでに一夏を安居するは、仏祖の皮肉骨髄をもて、みづからが皮肉骨髄に換却せられぬるものなり。」生き写しと言う事ですかねぇ。諸仏方の生活してる生のものを、この身体でそのまま全て。合宿もそうなんでしょう。二十四時間居る処に良さがあるんですね。そうでないと、夕方九時までと言うと、朝の四時までとかの間が抜けると、この間何するか分からんね。此処で問題が起きると大変な事になる。二十時間外ですね。
 「仏祖きたりてわれらを安居するがゆゑに 、面々人々の安居を行ずるは、安居の人々を行ずるなり。」本当に自分自身の生活してるそのものに責任を持って修行する、過ごす。沢山の人が一緒にいるけれども、やることは一人一人自分自身の本分に安住、そこで実践すると言う事につきますね。「恁麼なるがゆゑに、安居あるを千仏万祖といふのみなり。」沢山の人が居るって言うんだけども、やってる事は一人一人そう言う風な生活をしておられる。
 「ゆゑいかんとなれば、安居これ仏祖の皮肉骨髄、心識身体なり。」これを除いては無い。私達もそうでしょう。今のこの自分のこの身心、身体と心と言われるものが一つになったものがこうありますが、このものの活動の様子以外にない。しかもこのものがそれがどう言う処でそれをやるかって言うと、仏様と一緒に決められた中で日々を暮らして行くと。「頂𩕳眼睛なり、拳闘鼻孔なり。」細かく言えば一々はと言う事でしょう。「円相仏性なり、払子拄杖なり、竹箆蒲団なり。」これら一日の中の姿を挙げてあります。何を相手に、どの様に生きているかって言う事で良いでしょう。
 「円相仏性」円相って言うのは丸いものですね。こうやって、(円を描いて見せる)くるっと、円相って言います。円相仏性って言う事は言葉の上から申し上げれば、満ち欠けの無い姿と言う事で良いでしょうか。始まりも終わりも無い。払子拄杖って言うのは、その時に包丁で野菜を切っていたり、薪割りで薪を割っていたり、鋸で竹を切っていたり、色々な事が有ります。そういう様なものですねぇ。竹箆蒲団て言うのは、扇子で扇いでいたり、お布団をお客さんが来たら、どうぞとか出したりする様な事も、皆あります。
何ら普通の生活と変わらないじゃないですか、と言う様な事がこう挙げてありますが、そこで、エー結びの句として、「安居はあたらしきをつくりいだすにはあらざれども、ふるきをさらにもちゐるにはあらざるなり。」これは中々含蓄のある言葉でしょう。ね。皆さん何か特殊な新しいものを其処で始めると、自分の存在感が認められるもんだから、つい昔の事は止めて新しいものを其処で何かしようとする。
 例えば建造物でもそう。自分の代が終わる時に、トップの人達が自分の席を後進に譲る時、置き土産に建物を建てたりしたり色々何かするじゃないですか。あれ皆ね厄介な事になってるじゃないですか。大きな建造物立てて。曹洞宗、鶴見本山総持寺さん何かを見てもですよ、一日にあの寺がですね、存続するためにどの位経費が掛かってるかって。本堂電気をつけるとですね、二千畳近い広い本堂に電球をつける訳です。そうすると真ん中に一本だけ蛍光灯付けるようなスイッチになってないんですよね。一つの付けるとバアーっと点くんですよね。そんなの見るとそうでしょう。そんな一つの例を挙げれば、そう言う風にすべての物が大きい物が建ってるから、もう使わなくても大変。あんなに大きなもの要らないんだろうね。あれ直す時大変です、又ね。本堂の屋根瓦が一枚どうかしてですね、雨漏りがしたって言うと、あれを屋根に登るためにですよね、大変な物を掛けるんですね、外から登って行くのに、組んで。庵なんか梯子があれば済むもんでね。まあそれはどうでも良いんだけど、新しく特別に作りだすのじゃあない。
 何百年も使ってるお寺をですね、毎日掃除をしていくって言う様な事がそこに挙げられるでしょう。「古きをさらにもちゐるにはあらざるなり。」って言う事でしょう。ね。新しく殊更に求める訳でもない、古いものを殊更に。だけども使い方が、年数が経った物を今此処で毎日使用してるとですね、それは昨日今日建てた新しい物に触れる様な薄っぺらい様なものじゃあない。味わいが違う。樹木だってそうでしょ。最初のうちは多分そんなに大きな物はない。だけど今日になると、山が鬱蒼として来る。幹もしっかりした太さになって、それを見ただけで、樹齢八百年とか千年の並木がずーっと続いている参道を歩くとですね、もうそれだけで、変わりますよね。だけど指の太さぐらいの木しかないと、何だって言う感じになるじゃないですか。そう言うのと同じ様に、生活の中でもそうでしょう。
 仏祖の袈裟衣って言う、時々聞く事がありますけど。イギリスってあんまり紳士は服装を変えてないと思いますねぇ。同じ様な物を何着も持ってる。毎日同じ物を着て来てるかって思うけど、そうじゃない。違うんだけども、殆どスタイルが変わらない。紳士ですね、矢っ張りねぇ。そんなに変えるもんが無いんですよね。お坊さん達もそうでしょう。あんまり新しい服装あまりない。楽ですよ。気を使う必要は何も無い。かといって厭わんもんだから、乱暴にいい加減に扱うかって、そう言う事は無い。それで矢っ張り大事に扱うと、それなりの事になる。
 まあちょっと此処で休憩にしたいと思う。ここは中々ね、好きな、私こう言うの読んで、好きな言葉です。「あたらしきをつくりだすにはあらざれども、ふるきをさらにもちゐるにはあらざるなり。」言う様な気がします。ちょっと休憩します。
 四百五十六頁の後から二行目括弧の中のを読んで行きますね。「世尊告円覚菩薩、及び諸々の大衆、一切衆生に告げて言はく、」まあそれはそれで良いでしょう。そこにおられるあらゆる方々に、次の様に語られたと言う事です。『若し夏首より三月の安居を経ば、まさに清浄菩薩の止住たるべし。』三ヶ月一緒にこうやって過ごせば、素晴らしい内容になると言う事で良いですかね。
 『心、声聞を離れて徒衆を仮らざれ』これは声聞の人達って言う方の修行はですね、自分だけ悟りを開けば良い、自分だけ良ければ良い、そして悟りを開いた後も、その自分の得た素晴らしい境涯が例え有ったにしても、一切人に公開をしない、告げない、お分けしないって言う様なのが声聞です。そう言う一人よがりの世界を離れると言う事が、三ヶ月一緒に生活をすると言う事ですね。
  『安居の日に至りなば、即ち仏前に於て是の如くの言を作すべし。』この様に口頭で喋るのですかね。仏前でお誓いをする様なもんですかね。『我れ比丘比丘尼、優婆塞優婆夷某甲、菩薩乗に踞して寂滅の行を修す、同じく清浄実相にいりて住持せん。』ここに今申し上げた様に、菩薩乗に踞してって言う事は、さっきの声聞と違って、菩薩と言うのは、一切の人を捨てずに一緒に悟りの世界に赴く、それを目指して生活をしていくと言う事です。そう言う処に腰を据えて、『寂滅の行を修す、』実践をして行くと。
  だから『同じく清浄実相にいりて住持せん。』清浄の実相って言うのは、具体的にどう言う事を皆さんにお話ししとけば良いかって言うと、人間の全ての働き、仏教では六官と言ってますが、眼耳鼻舌身意、全てのものは皆どれもこれも清浄な働きをしております。実相と言われるものの本当の働きは。気がつかない方はですね、この六官の働きに対して、自分の見解をすぐ付ける。その為に清浄の実相を見る事が出来ない。
そこで坐禅の行の中でも言われる様に、実践をする時にですね、「尋伺することなかれ」と言う風になってる。ああじゃないか、こうじゃないかって言う様な思いを暫く離れる。使わない、止めてみる。尋ねる、伺う、探る、そう言う事を兎に角止めてみる、離れてみる。離れるが方が先です。離れて、実際に止めるって言う風になると、もうちょっとはっきりするのですけれど。
 こうやってパン!音一つでも、何だろうって言う様な探る思いを抜きに、音がしてるだけで、こうやって居てみる。パン!パン!て言う様な事が清浄、実相にいりて住持せんと言う、そう言う処で生活すると言う。これは人間の言葉でも同じです。色んな言葉が語られても、その時に、何を言ってるんですか、それ何ですか、って言う風なのを付けずに、この様にただいてみる、と言う事が清浄、実相にいりて住持すると言う、これが修行すると言う事なんですね。眼でもそうです。こうやって色んなものがこうやってありますけど、眼はご承知の様に、見た時に、良いとも悪いともそう言うものをつけずに、こうやって見てます。だけども見た瞬間に、自分の方で、その見た物に対して、自分が「あの人なにやってんだろうか」とか「変じゃない」とかそう言う風な見方をします。それは清浄の真理の実相の様子ではありません。自分の思いの中に居るのですね。そう言うの坐禅にならないのです。坐禅をしてるとは言わないのです。飲んでも美味しいとかまずいとか言う様なものを付けるって言う事は、清浄の真理の実相の様子ではないです。聞いて思うだけじゃなくて、先ず聞いたら実践して貰いたい。本当にそう言う事をせずに、やって欲しいです。こうやって居てみる。そうするとその様子どうあるかって事が、実践すると分かる。ああこうやっちゃ、私達は飲むと旨いとか不味いとか言ってるけど、これは違うんだ。味にはですね、そう言うものは付いてないですねぇ。美味しいとか不味いとかは、味じゃないね。自分の食べた後の評価。評価はそう言う事を言わしてる。そう言う事よーく知って欲しい。こう言うな時に処に、これ出来るんですね。
  「寂滅の行を修す、」って言う事はそう言う事でもある訳です。静かな、そして何もそこから余分なものは出てない。はっきり何時もしてる。すっきり何時もしてる。そこで「大円覚を以て」って言う事ですね。そう言うものがお釈迦様が悟られた内容、大円覚です。満ち欠けの無い素晴らしい自覚の様子です。それを自分の修行の場所として、「我が伽藍となして」この身心、身体、そこにおいて一緒に生活をするって。そうすると、次、平等性智って言う様な、分け隔てなく、全ての物に対して偏りのない物の見方が出来る。人間の見解をそこに入れるとすぐ偏りのものが出て来る。
 眼は大きい物とも小さい物とも言わずに、こうやって見る。手は重い物とも軽い物とも言わずに、そう言う物をこうやって扱ってます。それ位偏りの無い生活をしてます。その通りの事がイキナリその通りこの身体の上に現れる智恵です。平等性智。眼でもそうでしょう。その物に向かったら、イキナリその物の通りに、どうもしないでその通りにこうやって。それ以外の見え方はしないんだから良いよね。音でも必ずその通りに、そこで出た音の通りになる。そう言うなものが平等性智です。皆さんが使ってます。
 使ってるけど、どうして分からないかって言うと、自分の余分な物を、ゴミをつけちゃあ生活してるから、その本当の姿が自分で分からないだけです。坐禅する時にはそう言うゴミを付けません。ゴミの付かないまま坐る。「涅槃自性」涅槃て言うのは、煩悩の炎が吹き消された様子。一切の迷いが無い。しかも涅槃と言うのは寂静とあります様に、どうもしないのに必ず何時でもその通り、それは皆さんだってそうでしょう。今の生活してる様子はどうもしないのに、間違いなく誰でも今の生活になってるでしょう。今の生活の様に。誰かがどうかして今の生活が保証されるてる訳じゃない。何時何処に居ても今の生活は間違いなく、その今生活してる様子以外に無い。だけどへぼな頭はですね、それを差し置いて、もっとどうか成りたいって言う様なものが頭に浮かぶから、一番素晴らしいものを捨てといて、つまらないものをどっかに探しに行こう癖がある。「繫属無きが故に」とあります。何も縛る物が本来無い。
 皆さんの眼だってどれを見るにしたって、ちょっと待って、それを見ちゃあいけないって言う風に縛られた事は無い。自由に何でも、しかもさっき見てた物から離れるにしてもですね、もうちょっとずーっとそこに居てよって言われても、難なくそこから離れられる力を持ってる。縛られた試が無い。で、相手に邪魔になる様な離れ方を一切しない。人に全然気が付かれない内に、ちゃーんとこうやって離れ切って生活が出来る。こんなに上手く出来てる。そう言うのこれ皆、面白いね。

安居 ⅩⅡ

音声はこちら ↓ 

安居 ⅩⅡ_01
安居 ⅩⅡ_02
安居_ⅩⅡ_03
安居_ⅩⅡ_04
安居_ⅩⅡ_05
安居_ⅩⅡ_06


2019.6.22.
安居の巻ですが、講本の449頁。一番最後の行になるかと思いますが。例によって少し読みます。
「解夏七月十三日衆寮煎点諷経。またその月の寮主これをつとむ。
十四日、晩念誦。
来日陞堂。人事・巡寮・煎点、並同結夏。唯牓状の詞語、不同而已。(人事・巡寮・煎点、並びに結夏に同じ。唯牓状の詞語、不同なるのみ。)
庫司湯牓云、『庫司今晩、就雲堂煎点、特為首座大衆、聊表解制之儀。伏冀衆慈同垂光降。』(庫司湯牓に云く、『庫司今晩、雲堂に就て煎点す、特に首座大衆の為にし、聊か解制の儀を表す。伏して冀はくは衆慈同じく光降を垂れんことを。』庫司比丘某甲 白
土地堂念誦詞云、『切以金風扇野、白帝司方。当覚皇解制時、是法歳周円之日。九旬無難、一衆咸安。誦持諸仏洪名、仰報合堂真宰。仰憑大衆念』(土地堂念誦の詞に云く、『切に以みれば金風野を扇ぎ、白帝方を司る。覚皇解制の時に当り、是れ法歳周円の日なり。九旬無難く、一衆咸安なり。諸仏洪名を誦持し、仰いで合堂の真宰に報ず。仰いで大衆を憑んで念ず』)
これよりのちは結夏の念誦におなじ。
陞堂罷、知事等、謝詞にいはく、『伏喜法歳周円、無諸難事。此蓋和尚道力廕林、下情無任感激之至(伏して喜すらくは法歳周円し、もろもろの難事無かりしことを。此れ蓋し和尚道力の廕林なり、感激の至りに任えず。)』
住持人謝詞いはく、『此者法歳周円す、皆な某(首座監寺)人等の法力相資せるを謝す、不任感激之至(此者法歳周円、皆謝某(首座監寺)人等法力相資、感激の至りに任へず。)』
堂中首座已下、寮中寮主已下、謝詞いはく、『九夏相依、三業不善、悩乱大衆、伏望慈悲(九夏相依す、三業不善なり、大衆を悩乱せり、、伏して望むらくは慈悲あらんことを)』。
知事・頭首告云、『衆中兄弟行脚、須候茶湯罷、方可随意{如有緊急縁事、不在此限}(衆中の兄弟行脚せんには、須らく茶湯罷を候って、方に随意なるべし。{如し緊急縁事有らば、此の限りに在らず}』


まあちょっとそこら辺まで読んで。いよいよ九十日の、約束として九十日一緒に修行した最終日が近づいて来ます。十五日がお別れに日になるのでしょうが、その二日前、)七月十三日に、先ずこう言う事が行われる。まあ此処で言えば白雲閣の様な道場があって、そこで一緒に修行をした仲間が、お経を上げて、その後お茶を頂く儀式になりますね。そのお茶を差し上げる主人公・亭主になるのは、その月の寮長と言って良いですかね。そう言う方が勤めると。そして翌日十四日の夕方ですね、夕方の勤めが晩課と言いますが、夕方の勤めが終わると、坊さん達が修行をしている僧堂と言う、お経をしたり、坐禅をしたり、食事をしたりする、僧堂と言言われる場所へ赴いて、そこで次の様な事が唱えられて、皆で仏様のお名を、名前を復誦していきます。
 どんな事が唱えられているかと言うと、「『庫司今晩、就雲堂煎点、(庫司今晩、雲堂に就て煎点す、』)私が今晩皆さんにお茶を差し上げますよと。『特為首座大衆、聊表解制之儀。伏冀衆慈同垂光降。』(特に首座大衆の為にし、聊か解制の儀を表す。伏して冀はくは衆慈同じく光降を垂れんことを。』)
 いささかお別れをするにあたって、この度の九十日の修行が終わるに当たって、慰労申し上げたいと。まあどうぞ宜しくって言う位でいいでしょうか。。そしてそれを誰が亭主を勤めるかと言う事で、庫司比丘某甲曰くと言う牌が掲げられて、それを唱えます。
 そして念誦の詞としては、『切以金風扇野、』 下にもある様に、秋風が吹いて来るって言うんですねぇ。昔の暦だから、一二三、四五六、七八九、十十一十二とこう言う風になるんですね。そうすると七月はもう秋なんですね。七八九が秋。ですから「金風野を扇ぎ」って言う風に。七月は夏のまっさい中じゃないって思うかも知れない、まあそう言う事です。
『白帝司方。』これは東西南北を司る神様と言って良いですかね、そう言うものが配置されておりまして、秋にはこの白帝と言う方がその辺の方角を治めておられる。『覚皇解制の時に当り、』九十日一緒に過ごした安居の日が終了するのにあたって、学校で言えば修了式、一学期が終わるの、修了式ですか。一年のは卒業式ですね。修了式にあたるのですね。『是れ法歳周円の日なり。』それが今日でありますよ、と。九十日、九旬安居。九十日これと言って特別な事も無く、過ちも無く、無事に過ごせたと言う事、『衆咸安なり。』 「諸仏洪名を誦持し、」と言う事は、この後、十仏名と言って十の仏様の名前を唱える訳ですが、それを唱えて、その力を頂いて『仰いで合堂の真宰に報ず。』真宰はその道場の中心になる方と言って良いでしょうかね。だから僧堂の場合は文殊菩薩がそれに当たるかも知れません。そこで皆さん方宜しくお願いしますと言って、一緒に唱えて行く訳ですね。それが十四日の夕方の儀式。一年の中の特殊なものだけを此処に安居の巻で挙げてあります。
 「これよりのちは結夏の念誦におなじ。」とありますが、あとの内容は、その今唱えた後に行って行くのは、最初の時、九十日の安居が始まる時に、最初の方で行われたのと全く内容が同じだと言う事で、そこを復照してくれれば分かると、こう言う事になります。
 「陞堂罷、」住職は本堂に出て来て位置に登る。まあ登り終わってと言う事ですね、陞堂。堂に登り終わって。必ずしも高い所に登るかって言う訳でもないですね。此処の本堂で言えば、須弥壇を背にして、一番こっちに近い所に真ん中辺に立つのを陞堂と言われるでしょう。そう言うな位置が決まると、そこにこの九十日の間主な役職として、六知事がいて六頭首がいてと言う様な、部長課長と言う様なものが七月十三日、一応会社の様な組織になっておりまして、そう言う方々が出て来て、住職、この九十日をまとめて修行を導いてくれた一番の主な住職に対して謝辞を申上げる。その謝辞にこの様な言葉が語られる。
 『伏喜法歳周円、(伏して喜すらくは法歳周円し、)』まことに有り難い喜ばしい事だと言う事ですね。九十日の修行が無事終わると言う事は、誠に私達もお世話させて頂いて無事終わる事が出来る事は大変嬉しいと言う事です。『無諸難事。(もろもろの難事無かりしことを。)』これはけだし堂長さま、住職さまの道力のお陰であると、本当に有り難うございます、とこう言う事で良いですかね。
 色んな事が有ります。例えば、此処でこうして毎月、眼蔵を読ませて頂いておりますけども、こう言う事もですね、よーくこう味わってみるとですね、勿論提供してくれる場所が必要だろう、と思います。それからその提供してくれる場所が、そこを管理してる人が同意が無ければ、借りられません。その気持ちの有る人が居なければ、恐らくこう言う道場も開放されませんね。それからもっと大事な事は、発願をして、九十日なら九十日、月一回なら月一回の、こう言う事を致しますと言う発願をして、それを公表して、他所に問いかけてと言う様な細かい事業をしてくれる人が居らないと、こう言うものは成り立ちません。全て色んなイベントの様なものを見てもそうでしょう。それを計画する人、計画したものを実践する為に色々働いてくれる人達が快く一丸となってやって貰わないと、上手く行かないと言う事は、皆さんもよーく承知だと思います。そう言う事をつらつらこう思うとですね、本当に自分では出来ないけども、そう言う事が、こう呼びかけをして下さる事があると、そこに行きさえすれば何とかなりますので、誠に有り難いなぁと思うんですね。
 そう言う一緒に過ごした方々の方から主催者に対するお礼の言葉があって、それに対して、主催者側の住職は次の様に述べておられます。『此者法歳周円す、』九十日が無事に終わります。『皆な某(首座監寺)人等の法力相資せるを謝す、』皆さんが力を合わせて助けてくれたお陰ですと言って、私も感激の至りにたえずと言う事が述べられております。
 『堂中首座已下、寮中寮主已下、謝詞いはく、』今度は主な役職についている方々の方からも、そこで一緒に修行した仲間の方々に詞が述べられます。『九夏相依、』九十日一緒にこうやって過ごした、誠に不思議なご縁だと言う事でしょう。『三業不善』、口は災いの元と言いますが、口業、それから身業、身体ですね。それから意業、こころ、身口意の三業と言いますが、口と身体と心で行う業、行為の中に良からぬ事がないと言う事は、問題なく過ごしたと言う事ですかね。『不善、大衆悩乱せり』、不善だから良いこと無いと言う事は、これは逆ですね。自分達の、その中心になって住職をお手伝いした主な人達が、いや実は皆さんが思ってるほどでなくて、我々は結構呆けだから、つまらない事をしてご迷惑を掛ける様な事したなって言う事ですね。
 『三業不善なり、大衆を悩乱せり、』だから言わんでも良い事を言ったり、やらんでも良い事をやったり、思わなくても良い事を思ったりして、色々迷惑を掛けましたね、とかって言う、決してそんな事はないだろうけど、非常に、何だろう、謙遜した形でご挨拶をしてるなって言うのが分かります。謙遜して自分達の事を言っておられる。どうか、だから気にかかる事が有ったかも知れないけども水に流して欲しいと言う様な事ですね。『伏して望むらくは慈悲あらんことを。』こう言う風な気持ちってお互いに言う時に、度量が広いとか、許し合う力があるとか、少し余裕が無いとこれが出来ませんね。そう言う様な事もあると思う。こう言う事をこの九十日安居の最後の日に述べられております。
 また知事・頭首の方々も、同じくこんな様な事を言っております。『衆中兄弟行脚、(衆中の兄弟行脚せんには、)』此処に集まった大勢の方々が今日を以て一区切りの修行期間が終わる。この後はそれぞれ自分の思いによって此処を出て行って、一つには次の修行の間にこれはと思う様な人を訪ねて行く。或いは次の修行の九十日の間の生活をする、最低限の生活が出来る位の身の前を整えると言う事ですね。だから多少の財物が欲しい。そう言うので行脚をしながら托鉢をしたりして、施しを頂く、言う様な事がこれから行われますが。『衆中兄弟行脚、(衆中の兄弟行脚せんには、)』何時此処を立ち去ったら良いかって言うと、このお茶などを出した後、茶話会かな、言う様なものが終わった後、それを待ってそれぞれ随意に心に随って出て行かれたら良かろうと。それは大概何か会合でもそうでしょう。一応お開きって言う時間が有って、その前にですね、てんでんばらばらにですね、黙って出て行くって事は殆ど無いですね。折角ここ迄上手く行ったのに、最後にそうやってやると、何かバラバラになっちゃいますから。如何しても急用で仕方の無い人は、ってあります、この限りにあらずと。
 こう言う風な十三日、十四日、十五日の流れですが、「威音・空王の前際後際よりも頂𩕳量なり。仏祖のおもくすること、たゞこれのみなり。」昔の形を取っておりますけれども、今申し上げた様に、よくよくこうやって見てみると、あらゆる集会合会合で人が集まって何かをする時には、少なくともこう言う様な形態を取っております、昔から。威音王とか空王とかって言うのは、まあ時間的に言えば、そのすごく前の事ですから、ずっと昔からって言う事で良いでしょうねぇ。long long agoとかって言うんですかね。昔、昔ある所で、って言う様な事になります。非常にあの抽象的なんだけども、良い言葉ですね。昔、昔って。「頂𩕳」はまあこの辺(頭を指す)を指すのでしょうけども、頂ですから。ものの真相と言う位で十分通じるのかなと思います。
 「仏祖のおもくすること、たゞこれのみなり。」今こうやってお互いが顔を合せて此処で何かする時に、まともにこう顔を合わせて生活すると言う事ですよね。目をそらさないって言う様な事が言われますけども。知らない振りをするとか言う様な事も入るでしょう。そう言う事はしない。「仏祖のおもくすること、たゞこれのみなり。」
「外道天魔のいまだ惑乱せざるは、たゞこれのみなり。」よその色んな者がそこに出て来て掻き乱そうとしても、こう言う生活をしている限りは乱れないと言う事ですね。「三国のあひだ、仏祖の児孫たるもの、いまだひとりもこれをおこなはざるなし。外道はいまだまなびず、」正しい道を歩んでいない人達はこう言う在り方を勉強しておらない。修行しておらない。
 「仏祖一大事の本懐なるがゆゑに、得道のあしたより涅槃のゆふべにいたるまで、開演するところ、たゞ安居の宗旨のみなり。」基本的にはこの九十日の修行の形がずーっと行われている。でその九十日の修行の在り方の、更に分けて行けば一月の様子であり、更に言えば一日の様子であり、煎じ詰めれば、今こうやっている処に帰着すると言う事になります。これはどの生活、どの修行、どう言う生き方をしてる人でも必ずそうでしょう。最終的な帰着は、今ここで自分がどの様にあるかって言う事が何時も問われる。そこで色んな形が出て来ますので。
 「西天の五部の僧衆ことなれども」って言う様な事が今申上げた様な事になるでしょう。どう言う位置に、どう言う職業の方であっても、「おなじく九旬安居を護持してかならず修証す。」ここではお坊さんの修行の仕方を代表して取り上げている訳ですね。「生前にすべて九夏安居せざらんをば、仏弟子・比丘僧と称ずべからず。」今日の日本の仏教界の中では禪宗、しかも禪宗の中でも曹洞宗が一番安居を、この安居の形を厳密に守っているのではないかと思います。生意気な事をって言われるかも知れませんが、少し気にかかるのが、この安居の形を厳密に守って下さってるのは有り難いのですけども、それが形骸化されやすい。何故かって言うと、新しく入って来て学ぶ方々が、その決まってる事を実践する時にマニュアル本を手にして、それをそのまま再現する事に精一杯になってしまうって事が、段々内容がですね、乏しくなるのではないかなって言う懸念がされる処です。
 そして安居の年数って言うものがですね、昔の様に十年ですね、十年位安居をするって言う人が本当に少なくなった。もう一年ないし三年、五年居る人は数える位しかいなくなってるように思います。そんなに短い時間で学べる様な内容ではないと思いますけども、どうしてそう言う風になって行くのかって言うと、一年目に安居してやる時に、その形骸化されたものを、近いものをこう実践するだけだとですね、今の人は耐えられないと思うねぇ。馬鹿らしいって思うんだろうね、きっと。あんな事、言うのはわかる、書いて有る、そう言うに思えるようになるんじゃないかねぇ。しかしやってみると、読んで味わってるのとは違います。
 まあこれから先そう言う事がどう言う風になって行くか、本当に心配。皆さんには直接関係無い。直接関係無いけど、間接的には間違いなく影響を被ります。それは日本の国の、一応お坊さん達はリーダーですからね、精神界って言う様なもののリーダーですから、そう言う方々の質が落ちるって言う事は、皆さん方も学ぶ質が当然落ちると言う事ですから、もう少し良いものを学びたかったら、お互いに精進してこう励みあう事をしないといけない。何かスポーツ界では、凄い華々しいニュースが飛び交ってたりなんかして、ああ言う日本の選手が世界でそうやってトップクラスに躍り出る、認められる人が居るんだなって言う様な気がするので、捨てたもんじゃないと思っています。まあそれ以上余分な事を言わない方が良いとおもいます。止めておきます。

安居 ⅩⅠ

音声はこちら ↓

安居 ⅩⅠー1
安居 ⅩⅠー2
安居 ⅩⅠ-3
安居 ⅩⅠー4
安居 ⅩⅠ-5



「大衆相随ひて、送って方丈に至りて、大衆乃退す。」ですね。それが終わると、これで一応済んだと言う事でしょう。「いはゆる住持人まづ庫堂にいたる、知事と人事しをはりて、住持人いでて巡堂すれば、知事しりへにあゆめり。知事のつぎに、東廊のほとりにあるひとあゆめり。住持人この時延寿院に入らず。」延寿院て言うのは病室です。だから病で伏せってる人達が居る。ここはですね住職はご遠慮すると言う事の様です。

「東廊より西におりて、山門をとほりて巡寮すれば、山門の辺の寮にある人、」相当広いですねぇ。京都のお寺なんか行くと、東福寺なんかも一駅あるもんね。東福寺の地領は。あの黄檗の満福寺なんかも町全体が日本の国じゃないみたいに感じる位、異国の文化で一杯だよね。あそこはねぇ。お寺が幾つかありか知りませんが。それ位山門の巡堂って、それ位になるんだろうねぇ。

臨済の方のお寺は、殆ど本山には塔頭があって、山門の外に十位は少なくとも寺院が建てていて、其処に皆住職は住んでて、毎日本山に上がって来てお勤めしてるんですね、塔頭寺。そう言うな形があるから、山門の辺て言うのはこんな事だろうねぇ。「山門の辺の寮にある人、あゆみつらなる。南より西の廊下および諸寮にめぐる。このとき、西をゆくときは北にむかふ。このときより、安老・勤旧・前資・頥堂・単寮のともがら、浄頭等、あゆみつらなれり。」色んな役職の人が挙げてあります。「維那・首座等あゆみつらなるつぎに、衆寮の僧衆あゆみつらなる。」段々人が多くなってくる。凄いね。

「巡寮は寮の便宜によりてあゆみくはゝる。これを大衆相送とはいふ。」相送る。便宜によりてだから、お仕事が入っていて、今うちの寮あとにしてくれないかって言う様な時には、後になるって言う様な事もあるのでしょうね。「かくのごとくして方丈の西階よりのぼりて、住持人は方丈の正面のもやの住持人のくらゐによりて、面南して叉手してたつ。大衆は知事已下みな面北して住持人を問訊す。この問訊、ことにふかくするなり。」ことに深くするって言う事は、頭を深く下げる、或いは腰を曲げる角度が深いと言う事です。45度位まで下げるのがあります、一番深いのは。「住持人、答問訊あり。」皆さんがが頭を下げれば、住持の人もそれに答えて挨拶をするって言う事ですね。そして其処に集まった大衆は退くと。

「先師は方丈に大衆をひかず、法堂にいたりて、法座の堦前にして面南叉手してたつ、大衆問訊して退す、」ここで先師ってありますが、必ずしも如浄禅師の事をさすのではないと思いますが、あの、新しく今其処の住職がいるとすれば、その住職の先代の方と言う事になるでしょうかね、先師。あるいはその方のお師匠さんと言う事になるのかも知れません。エー、ここははっきりしません。道元禅師が先師って書いてあるので、ひょっとしたら如浄禅師の事を指しているのかも知れませんが。住職の他ですね。同じくそう言う儀式がある。

「しこうしてのち、衆僧おのおのこころにしたがひて人事す。」あと各自お互いに顔を合せて挨拶を交わすと言う事はあると言う事ですね。「人事とは、あひ礼拝するなり。」人事異動とはちょっと違う。ね。人事って、同じ字を使ってるんだけど、元々はお互いに挨拶する事を人事と言ってる。何処に按配するかとか言う事まではついてないですね。だけども人事行礼って言うと、そうやって相対する人がどう言う人と相対するかって言う事があるので、人事異動に似た様な使い方になって来たのかなと思わないでも無い。まあその辺にしときます。

「たとへば、おなじ郷間のともがら、」同じ国の人が其処で会った時、「あるいは照堂、ありひは廊下の便宜のところにして、幾十人もあひ拝して、同安居の理致を賀す。」まあ図らずも同郷の人と安居する事が出来れば、話は積もるのでしょう。延々としちゃあいけない。ちょっと挨拶をしてかわさないといけないから一応挨拶するのでしょう。幾十人にもとある。「しかあれども、致語は堂中の法になずらふ。」とありますから、余分な事を語らないと言う事ですね。家族の事や何十年も会わなかった昔の思い出話をするとかって言う様な事はここではしない。兎に角ここで一緒に修行する間仲良くお互いしましょう、って言う様な事だけが中心になると言う事です。

「人にしたがひて今案のことばも存ず。」多少は相手の様子によってはそこに付け足したりする大事な言葉を付けると言う事もあるだろう。「あるひは小師をひきたる本師あり、」自分だけが修行に来たかと思うと、お師匠さまも来ている場合もある、一緒に。師匠と弟子が同じ修行道場に修行に来てる場合もあると言う事ですよね。「これ小師必ず本師を拝すべし、」其処でもし自分のお師匠さんが、はからずも修行に来ていたら、弟子はその師匠に対して挨拶をすべきだと。「九拝をもちゐる。法眷の住持人を拝する、両展三拝なり。」それは丁寧にご挨拶をしているんですね。「あるひはただ大展三拝なり。」これも丁寧なご挨拶です。

「法眷のともに衆にあるは、拝おなじかるべし。」法眷と言うのは兄弟弟子みたいなものを言いますかね。法類と言います。同じお師匠さんの流れを汲んでいるグループ。「師叔・師伯、またかならず拝あり。」叔父さんですね、お師匠さんの兄弟弟子に成る方々もお師匠さんと同じ様に大事に挨拶をすべきだと。それから隣の単「隣単」ですね、「隣肩みな拝す、」此処が自分の坐禅をする場所、修行をする場所に、あの僧堂と言う場所はですね、坐禅堂と違って、僧堂と言う場所は一畳位の広さを頂いてですね、左右を大体三尺ですね、三尺頂いて、奥行きは大体一間半あります。その位の場所を頂いて、そこで九十日の修行をするのが僧堂と言われます。だから寝起きと三度の食事と坐禅を此処で行います。それが僧堂。

坐禅堂って言うのは、寝起きの出来る様な寝具をいれる場所がないでしょ。それから函櫃と言って日常生活するのに最小限必要なものを入れる場所もありません。それから食事もあそこで取ってませんね。

だから僧堂って言うのは、そう言う場所です。で、有り難い事には、その自分の場所、その位狭い場所で決まってますから、一目瞭然居る人と居ない人すぐ分かる、ね。九時になってお休みになる時に、こうやって部屋ずーっと見ると、どうして彼処空いてるんだって言うの、すぐ分かる。名前がちゃんと書いてある、誰々の席。どうしたんだって、言う。ねぇ、非常に有り難い。また朝起きる時は鈴を鳴らしてくれるから、其処で寝てる以上はですね、一人だけ起きるのを忘れたまま寝てるなんて言う様な事はない。本当に有り難い。どうもしなくてもちゃんと起きられる様に出来てる。安心して寝ててもちゃんと起こして頂ける良い場所ですね。で昼間は絶対に布団は出しませんから、横になって寝るなんて言う事はない。ここに居る僧堂と言う場所は。各寮に入った人は分かりません。ちょっと色んな事がおきます。僧堂って言うのは良い造りをしてるねぇ。

隣単って言うのは隣の人です。隣肩も隣で良いでしょうかね。肩、隣肩の人。両隣の人に宜しく。ここ良寛様の古いお話しを承る中で、良寛禅師は此処(円通寺)で修行してる時に、隣単の人の顔を見ずって言う様なものが、どっかに文言が残っていると言われております。一緒に九十日生活してるんですが、九十日も居て、隣にどんな人が居たか顔を覚えてないって。如何いう過ごし方をしてるか想像がつきますか。一切他所の人に関係なく、本当にひたすら自分の在り様だけに修行してたと言う事でしょう。

凄い人ですよ。普通気になりますよ、隣。少なくとも顔位見るんじゃないですか。町に行っても、町で托鉢をしてもですね、町の人の浄財を投じてくれた人、そう言う人の顔、一つも見てないって言う様な、なにしろ一連のそう言う文章がどっかに挙げられてますねぇ。さすがに良寛禅師と言われる、やっぱりどこか普通の人とちょっと違う処があるのかね。過ごすのに本当に。ちょっとだけ、ちょっとだけが大きく違うんだ。難しい事は決してしてない。誰でも出来そうな事なんだけども 、本当に違うねぇ。

ここらでは、(安居の巻のご文章を拝読すると)一応ご挨拶してるのね。「相識道旧ともに拝あり。単寮にあるともがらと、首座・書記・蔵主。知客・浴司等と、到寮拝賀すべし。」皆ここはどんな人とも顔を合わせてですね、挨拶を交わしてる。あれ嫌だからおれ嫌だとかって言わないもんね。こう言うのも良い処だね。まだあるね。単独の寮がありますが、「単寮にあるともがらと。都寺・監寺・維那・典座・直歳・西堂・尼師・道士等とも、到寮到位して拝賀すべし。」どの部屋にも行ってですね、ちゃんと挨拶をするって言う事ですね。言葉を交わして。

「到寮せんとするに、」その部屋に行く時に、「人しげくして入寮門にひまをえざれば、牓をかきてその寮門におす。その牓は、ひろさ一寸餘、ながさ二寸ばかりなる白紙にかくなり。」病院に行って予約取る様なもんですねぇ。今日来たんだけども、沢山並んでて入れなかったのでって言う様な事ですかね。それで自分の名前を書いて、某、自分が何処にいるか、僧堂に居るかその他の単独の寮にいるのか、寮を書いて名前を書いて、拝賀と書いて、あるいは又の式と言う、いずれにしてもこう言う書き方ですね。「大旨かくのごとし。」とあります。448頁の最後。「しかあれば、門側にはこの牓あまたみゆるなり。」何枚も、そう言う大勢並んだ時にはそう言う物も貼られると言う事になるんですかねぇ。

「門側には左辺にはおさず、門の右におすなり。」左側にそれを掛けないで門の右に貼っておくと言う。この牓はお昼ご飯が終わったら、その寮の主人ですね、会いに来て頂いた方々の名前をこう剥がしながら、こう言う人来て下さったって言うのを知りながら剥がして行くと言う事ですね。「今日は、大小諸堂諸寮、みな門簾をあげたり。」今日は、だからそう言うご挨拶をするには、部屋が一々一人ずつ開けては入り閉めるって事せずに、オープンのまま一日置くと言う事ですねぇ。そうするとその手間もかからないじゃないですか。どんどんどんどんどんどん、次々。

「堂頭・庫司・首座、次第に煎点といふことあり。」煎点はお点前です。お茶を出すと言う事ですね。「しかあれども、遠島深山のあひだには省略すべし。」下にもありますけども、遠く離れた日本の深山、永平寺の様な所ではとあります。こう言う事を省略するって言う事がある。「だゞこれ礼数なり。退院の長老、および立僧の首座、おのおの本寮につきて、知事・頭首のために特為煎点するなり。」とくに大事な人は、まとめてお茶を出さない。その人だけに為にお茶をたてる。茶道でもそうでしょう。茶室に一人だけお呼びしてお茶をたてるって言うのは、古来から一番、何だろう、相手を尊重する時の接待の仕方でしょう。

で、特に戦国の世の中、明日は敵味方でどちらが刺し殺されて命を落とすか分からない、そう言う間でも、茶室に入る時には、刀とかそう言うもの一切外に置いて、かいくぐらないと入れない様にしてあるじゃないですかお茶室って。外に置いて、武器は一切持たずに入って、そこでお茶を交わしてって言う様な、茶道の中に受け継がれている精神でもある訳でしょう。それを特為と言いますね。

和尚さんたちのご法要の時にも特為煎点と言って、道元禅師様のご命日に、道元禅師だけにお茶を捧げる。あるいは瑩山禅師のご命日に瑩山禅師のご供養するに先立ちて、先師である道元禅師を先にお招きして特為煎点と言って、お茶を差し上げた後、正式に瑩山禅師のご法要が務まると言う様な風にして、特為ですね。特にその人の為に席をもうけてお茶を出すって言う様な事が行われているって言う様な事が書いてあります。

「かくのごとく結夏してより、功夫辦道するなり。」こうやって人と人の接触する事によって、不思議ですね。人と人が接触するって言う事は功夫辦道になるのでしょうねぇ。レストランでお客さんが来る。ウェイトレスさんがそこに接客する。必ず功夫辦道になります。向こうから入って来た人見て、それが良く分からないと、きちっとした接待が出来ないって言う様な事です。朝の此処でもやる粥の時に、粥を注いでもらう時に、注いで下さる人と注いで貰う人が心が一つになって、其処でお粥の量を測ったり注ぎ方をこうやって目の当たりにやって、言葉を発しないで自分の頂く適量をこうやって勘案するって言う様な事、ああ言うものを見ると、まさに功夫辦道してますね。

あれが日常家庭の中で執り行われたら、人は殆ど争いを起こさないと思う。人と争いをする時起こす様な家庭はどうなってるかって言うと、殆ど一方通行です。本当は一方通行なんて絶対ありっこないんだ、向かい合ったら。必ず一緒に動く様になってるじゃん。その時に、自分の思いが強すぎると、向こうの様子をそのまま受け入れる力が無い。それがギクシャクさせる所以でしょう。そう言うなものを、こう言う処を見ると出て来る。

「衆行を辦肯せりといへども、いまだ夏安居せざるは仏祖の児孫にあらず。」何処で私達は本当に実践するかって言う事を考えた時に、こうやって九十日の安居してる時に、その日その時その場所でその事が如実に行われてる訳でしょう。その他の場所でどんなに長い年月居てもですね、その他の場所で行われる事がない。人と触れるって言う事、必ず今なんです。今此処で触れるしかないですね。どんな人でもそうでしょう。何処ででもそうでしょう。今、今皆さんが居る場所で、其処で触れる以外に無い。それが九十日の様子です。何処かで修行するんじゃないんですね。

そう言う事が本当に行われなかったら、仏祖と言われる様な生き様にはならない。或る時はやる、或る時はないがしろにすると言う事になるじゃないですか。これは正しく片時もいい加減に過ごすって言う事はない様に出来てるでしょ。皆さん必ずそうでしょう。何処へ行ったって、今触れてるものと直でしょう。だけど、直に触れて居る事にあまり関心がなくて、頭の中で色々思い浮かんでる事の方を相手にする癖があるもんだから、ちょっとずれるんでしょう。そっちじゃないんだよね、修行って。そう言う事ですね。

「孤独園・霊鷲山、みな安居によりて現成せり。安居の道場、これ仏祖の心印なり。諸仏の住世なり。」これは古い徒の事を挙げておられます。この身心と言われる、この身体のある所が皆さん方の住いだからね。諸仏方もそうです。必ず一人一人自分のこの身心と言われるもの、このものの在る所で生活して来たでしょう。でその生活ぶりを見ると、必ず他の事やってない。そこで今触れてる事だけが展開されてる。そこにちゃんと着眼をしてるから、巧夫辦道になるんでしょう。そう言うものがお釈迦様の、当時行われた様子だと言う事でしょう。

「みな安居によりて現成せり。」安居の巻だから、安居は最初にも申し上げた様に不安は一切無い。どの位一切不安が無いかって言うと、今ここやってるって言う事は、これから、これからする事じゃないからね。もう既に皆こうやって出来てる事でしょう。一つも、付け足さなければ今の様にならないって言う事が無い程、完璧でしょう。余分なもの無いですよ。今こうやってる事から。何か少しでもこうやって取り除いたら、今の様子じゃなくなる。付ける事も取り除く事も無い程、完璧に今の様子ってこうやって出来てる。こう言う処に誰も住んでるって事でしょう。それ見届ける必要がある訳でしょう。自分で。自分の事だから本当にそうかどうか。

それが無かったら確信が行かないじゃないですか。人が言ってる事をただ信じてるだけ。自分の事だから、誰にも目を向けなくても、自分のそうやって今の様子だけにこうやって居る。九十日、良いね、皆安居によりて現成せり。一応九十日って書いてありますけども、本音の方を言えばそう言う事でしょう。今の在り様だけですよ。而今の現成って言う事もあるでしょう。

丁度この辺で。今日の処はそれで終わります。良く分からない事ばかりですみませんね。こんな事をこんなに丁寧に書いてある。どっか修行道場へ連れて行って、直接皆で本当に触れたらすぐ分かる。洞松寺さんにお伺いしてこう言う事を実践してる所にちょっと参画させて貰うと、なるほどそう言う事かってすぐ分かる。でも皆さん方の日常の中でも、なるほどって参考になる事は少なからずあると思う。



安居 Ⅹ

音声はこちら ↓

安居 Ⅹ-1
安居 Ⅹ-2
安居 Ⅹ-3
安居 Ⅹ-4


こんな風にして九十日の間に色んな事が行われるものがですね、道元禅師がご自分の体験談の中でかくも精密に記録されて日本に伝えられている事を読み取ると、驚く様な記憶力でもありますねぇ。皆さんが他の家に行ったら、そこの家の間取りがどうなってるとか、其処にどんな花が活けてあったかとか、夕食はどんな食事が出されたとか作り方がどうだと、その位まで書くと言う事でしょう。体験した事を全て。そうやって九十日ないがしろに過ごさないと言う事、凄いですね、やっぱり。まあちょっと休憩します。

「知事・頭首、小師・法眷、まづ方丈内にまうでて人事す。住持人もし隔宿より免人事せば、さらに方丈にもうづべからず。」人事って今読むのかしら。会社なんか人事。こう言う処から出て来てます。知事も仏教用語です。知事、県知事の知事。知事は修行道場の六知事と言う、いはゆる総務とか色々な役職の名前が挙げられますけども。「方丈にまうでて人事す。」

で、十五日ですから、十五日の朝食の前ですから、粥前、朝お粥のまえって事は、朝のお勤めの後、食事が出るまでの間に其処に集まってる人達は、住職の処に行って、ご挨拶をする訳ですね。そう言う事が此処で人事、人事として行われてます。そこで、「住持人もし隔宿より免人事せば、」とありますが、前日にもう到着している人は、前の日に既に方丈と顔合わせが出来ているので、この日はご免て、やらなくても良いと言う事でしょうね。そう言う事を方丈にもうず、さらに方丈にもうずべからず、ですから、二回もやらないと言う事です。その事が次に書いて有る。「『免人事と』いふは、十四日より、住持人、あるいは頌子あるいは法語をかける牓を、方丈門の東頬に貼せり。あるいは雲堂前にも貼す。」と。

この「十五日の陞座罷、」住職が座に登って説法をする、それが終わってから「住持人、法座よりおりて」法座は高い所にありますから、階段がついてる。だから「おりて堦のまへにたつ。」須弥壇の正面に階段が付けてあって、正面から須弥壇の上に登って行くって言うのが正式です。「正堦」真ん中から登って行く。今はほとんど左から登って右から降りる様に使ってますけど。

「拝席の北頭をふみて、面南してたつ。」そこにお拝をする敷物が敷いてあるから、その北側に立って、面を南側、本尊様を背中の方に頂く様にして、自分が南を向くと言う事ですね。立つ。「知事、近前して両展三拝す。」さっきの様な事ですね。最初のお拝の時に、いっぺん目ですね、「この際の安居禁足、巾瓶に奉することを獲たり。ただ和尚の法力の資事に仗りて、願はくは難事から無んことを。」その住職の元で、主な六人の役職、部長と言ったら良く分かるかな。部長職の人ですね、会社で言えば知事と言うのは。課長職の人を頭首と言います。六人、まあそう言う人達が、先ず最初に部長職の方達が住職と人事する。向き合ってご挨拶をする。

向き合ってご挨拶をする時には、知事の方々から住職に対してお拝をして次の様に挨拶される。此の際九十日ここで皆で足止めをして修行する。あなたのおそばで仕えるんだけども、どうかただ和尚の法力の支持によりて、あなたのお力によって無魔円成って言う言葉を使いますかねぇ。無事に修行が終わるようにって意味合いでしょう。「無事難事なからんことを。」

そう言う風に言葉をかけて、次のお拝の時にですね、時候の挨拶かな。「一展して、寒暄を叙す。」と言う様にあります。「叙寒暄といふは、展坐具三拝了に、坐具を収め、進んで云く、『即辰盂夏漸くに熱なり。』」今日の様なもんですねぇ。夏たけなわになって非常に暑くなりましたねと言う事ですかね。「『法王結制の辰、』」九十日の修行が始まりますけども、「伏して惟れば堂頭和尚」ご住職様、『法候動止万福、下情感激の至りに勝へず。』非常にお元気そうで、私達も嬉しいです、って言う様な事ですね。そう言うご挨拶をしております。

「かくのごとくして、その次、触礼三拝。ことばなし。住持人みな答拝す。」これは坐具を開かないでお拝をして、言葉はそえるものは無く、住職の人はそれに対して一礼を返すと。「住持人念ず、『此者多幸にも同じく安居することを得たり。亦冀くは、某(首座監寺等)、法力相資、諸の難事なからんことを。』」次に住職は、今皆さん方と一緒に修行が出来る、非常に嬉しい。どうかあなた方も力を貸して頂いて、無事に修行が終える事が出来る様に私からもお願いします、とこう言う風にお返事をしております。

「首座大衆、この式に」同じと。あとの頭首とか大衆とか言う三グループにわけてるんですね。知事;部長職、頭首;課長職、そして一般に人と言う風に三部に分けてご挨拶が住職と交わされます。それは最初の人と同じ様にやっていくと言う事です。「この時首座、大衆、知事等、皆面北して礼拝するなり。」住職は南に顔を向けてますから、私達は住職の方を向くと、北の方に顔を向ける事になると言う事ですね。

「住持人ひとり面南して法座の堦前に立せり。住持人の坐具は拝席の上に展ずるなり」ここの本堂にも住職の坐る場所、下に一枚のこう言う畳表の様な物で作った物がありまして、その上に今、少し綺麗な座布団が置いて有ります。あの下に敷いてあるものを拝席と言います。その上にこの先程見せた坐具をひろげて、と言う事ですね。「つぎに首座大衆、住持人の前に両展三拝す。」と。「この時小師・侍者、法眷・沙弥、一辺にありて立す。未だ大衆と雷同して立つことを得ず。」小師は具足戒を受けて10年未満の者、法眷は法系の人、身内、沙弥は小僧さんは一辺にありて立つ。大衆と同席しないと言う事ですね。

「いはゆる『一辺にありて立つ』とは法堂の東壁のかたはらにありてたつなり。もし東壁辺に施主の垂箔のことあらば、法鼓のほとりにたつべし、また西壁辺にも立すべきなり。」空いている場所に立てば良いと言う事ですね。本堂の中で色々な、前日からお泊まりのお客さんとが居たら、そこの席が無いから他の場所、空いている場所でやったら良いじゃないかと言う様な事が書いてあります。

「大衆礼拝をはりて、知事まづ庫堂にかへりて主位に立す。つぎに首座大衆を領して庫司にいたりて人事す。」知事、頭首、一般大衆が最初に住職と人事、挨拶を交わします。つぎには部長と大衆の人達が挨拶をする。この時触礼三拝と言う形をとります。それから後、首座と言う人と知事と大衆が挨拶をする。まあ三つのそのご挨拶の仕方が行われます。これは年に何回か行われますね。人事って言うのは。正月もある。今、年二回安居があるから、夏と冬の時に行われます。年三回位はやってるのかな、人事。人事(にんじ)行礼と言ってますかね。人事(じんじ)行礼とかなるんだろうな、今。

「このとき小師・侍者、法眷等は、法堂上にて住持人を礼拝す。」この時法堂に残って身内の人(小師・侍者、法眷・沙弥)は住職に礼拝する。中でも法眷は最高の礼を以て、両展三は拝する。住職はこれに答拝する。他の小師・侍者は九拝する。住職の答拝は無し。沙弥は九拝、或いは十二拝する。住職は合掌して受けるだけで、答拝はない。

何か印金て言って、お拝をする時の合図に、チンチンチンチンと鳴らす、鐘のつけ方が、チ、チンチンて鳴らす。不思議な鳴らし方をするって言うのだけを覚えております。エーこんな鳴らし方をするんだって、人事の時は。まあそれずーっとそう言う事が行われると言う事ですね。

「つぎに首座、僧堂前にいたりて、上間の知事床のみなみのはしにあたりて、雲堂の正面にあたりて、面南にて大衆にむかうてたつ。大衆面北して、首座にむかうて触礼三拝す。首座、大衆をひきて入堂し、戒臘によりて巡堂立定す。知事入室し、聖僧前にて大展礼三拝しておく。つぎに首座前にて触礼三拝す。大衆答拝す。知事巡堂一迊して、いでてくらゐによりて叉手してたつ。」

首座との人事は、僧堂と言われてる修行道場の、此処で言えば白雲閣の様な坐禅堂の所で首座と交わされる。場所は、住持は法堂でやってますけども、そう言う事が違うんですね。それは四百四十三頁の中程に書いてあるんですね。やり方は大体同じです。それで、その最後の行に「住持人入堂、聖相前にして焼香、三拝して、この時小師聖僧後において、避けて立つ。法眷、大衆に随がふ。」色んな人事が終わったあと住職が修行道場の中に入って行って、文殊菩薩にお拝をなさる。その時住職について居た小師ですね、そう言う人達はこの聖僧様の後ろに身を寄せて、ちょっと隠れる様にして、そこに立って住職がお拝をするのを待つと言う事ですかね。

「次に住持人、首座に於いて触礼三拝す。」自分(住職)が自分の片腕となる、大事な首座と言う役職の人を招いて来ましたから、その人に対してトップの住職はですね、礼拝をしております。よろしくお願いをしますって。こう言うのも普通中々見る事の出来ないものでしょう。

「いはく、住持人、ただくらゐによりてたち、面西にて触礼す。首座大衆答拝、さきのごとし。」その後は住職に対して、僧堂の中に修行僧達が皆住職に対してお拝をする。その後、住持人、そのお堂の中で生活する、九十日一緒に生活する人達が其処に入ってますから、お堂の中を一巡してご挨拶をして歩く訳ですね。「巡堂して出づ。」閲兵、何かあの軍隊なんかでも、こう国賓が来ると、やるじゃないですか。あんな感じですかね。全ての人に挨拶して回る。で、そのお堂の中から出て行く。

「首座前門の南頬より出て住持人を送る。」修行道場のトップに居る住職に代わって補佐を出来る首座と言う人が、住職がそのお堂からお出になる時には、代表してそれを見送ると、首座が。「住持人出堂の後、首座已下、対礼三拝して、」お互いに向かいあって礼拝をして、曰く「此の際幸ひに安居を同じうす、三業不善ならんことを恐る、旦望すらくは慈悲あらんことを。」三業って言うのは、身口意だから、身体でやる事、それから口でやる事、心、心って言うのは思うって言う事で良いでしょうかね。その三つ、それを三業と言います。

身体でやるのは、殺すとか、十の戒律から言えば、不殺生、盗み、不偸盗、不邪淫、それから口業って言うのは、口でやるのは嘘をつかない、不妄語もそうですね、口ですね、あれ。両舌とか、向こうには良い事言って、こっちに良い事言ってって言う様な。それから不瞋恚って言うのは、多分心の中で、あの野郎この野郎くそったれとか思ってる事で、腹を立てる様なのは心の中の働きでしょうねぇ。でもそれが外にでる場合もありますので、そうすると、手を挙げるとか足を蹴飛ばすとか物を投げるとか色々、そう言うのは身業でしょう。身体で行う。まあそう言う色んな事が挙げられます。

「不善ならんことを恐る、」そう言う失礼な事の無い様にしたいものだって言う事ですね。身体で。身体や口や心で行う中で、人に迷惑のかかる様な事はしない様にお互いしよう、と言う事ですね。もし仮にも、気をつけていてもそうやって不愉快な思いをさせた時は、どうかお互いに憐れみをもって許し合って理解し合って行きましょう、と言う様な事が、慈悲でしょう。「望むらくは慈悲あらんことを。」

無慈悲な人は自分の主張が強いから、中々一旦物事や何か争い事が起こると収まらない。そう言う事が一つ出来ると、九十日そこで一緒に修行する時に、非常に厄介な事になる。こう言う事お互いに此処で誓約をしてる。口頭で交わして、しかも身体で良く分かりましたって言って礼拝をして、身体に刻み込むその事を。そう言う事が礼拝をする所以でしょう。

「この拝は展坐具三拝なり。」少し重々しく礼拝をすると言う。大事な礼拝をすると言う。「かくのごとくして首座・書記・蔵主等、おのおのその寮にかへる。」これが儀式が終わると、それぞれ自分の部屋がありますから、そう言う部屋へ役職の人は帰って行くと。「もしそれ衆寮僧は、寮主・寮首座已下、おのおの触礼三拝す。」この僧堂の中で、九十日お堂の中で一緒に生活する人は残って、此処で残った人同士がお互いにもう一回再確認をして礼拝をしあう、と。

「致語は」ってあります。言葉を添えるって言う事ですね。「致語は堂中の法におなじ。」って言う事ですから、先程申し上げた様な事ですね。「此の際幸ひに安居を同じうす、」と言う様な事を同じく述べると言う事です。「住持人こののち、庫堂よりはじめて巡堂す。」一山の住職は、こう言う儀式が終わったら、各寮がありますから、順次次々、病院の院長?あるじゃないですか。何かずーっと入院してる人を回る、何ですか?回診、総回診とか何か言うんですよね。あれに似てる。住持がお堂の中に、台所に人も居る、色んな部屋に居る人の所、どの部屋も全部ずーっと回る。そうするとその部屋の人達は、外に立って出迎えて、どうぞって中に入ってもらって、点検して貰って、ああ此処大丈夫だなとか、障子破れてるじゃないかとか注意されると、後で貼っておきますって言う様な事になるのですね。そう言うな事までちゃんと点検をして行くのを巡堂と言います。こんな事をしています。