FC2ブログ

安居 ⅩⅠ

音声はこちら ↓

安居 ⅩⅠー1
安居 ⅩⅠー2
安居 ⅩⅠ-3
安居 ⅩⅠー4
安居 ⅩⅠ-5



「大衆相随ひて、送って方丈に至りて、大衆乃退す。」ですね。それが終わると、これで一応済んだと言う事でしょう。「いはゆる住持人まづ庫堂にいたる、知事と人事しをはりて、住持人いでて巡堂すれば、知事しりへにあゆめり。知事のつぎに、東廊のほとりにあるひとあゆめり。住持人この時延寿院に入らず。」延寿院て言うのは病室です。だから病で伏せってる人達が居る。ここはですね住職はご遠慮すると言う事の様です。

「東廊より西におりて、山門をとほりて巡寮すれば、山門の辺の寮にある人、」相当広いですねぇ。京都のお寺なんか行くと、東福寺なんかも一駅あるもんね。東福寺の地領は。あの黄檗の満福寺なんかも町全体が日本の国じゃないみたいに感じる位、異国の文化で一杯だよね。あそこはねぇ。お寺が幾つかありか知りませんが。それ位山門の巡堂って、それ位になるんだろうねぇ。

臨済の方のお寺は、殆ど本山には塔頭があって、山門の外に十位は少なくとも寺院が建てていて、其処に皆住職は住んでて、毎日本山に上がって来てお勤めしてるんですね、塔頭寺。そう言うな形があるから、山門の辺て言うのはこんな事だろうねぇ。「山門の辺の寮にある人、あゆみつらなる。南より西の廊下および諸寮にめぐる。このとき、西をゆくときは北にむかふ。このときより、安老・勤旧・前資・頥堂・単寮のともがら、浄頭等、あゆみつらなれり。」色んな役職の人が挙げてあります。「維那・首座等あゆみつらなるつぎに、衆寮の僧衆あゆみつらなる。」段々人が多くなってくる。凄いね。

「巡寮は寮の便宜によりてあゆみくはゝる。これを大衆相送とはいふ。」相送る。便宜によりてだから、お仕事が入っていて、今うちの寮あとにしてくれないかって言う様な時には、後になるって言う様な事もあるのでしょうね。「かくのごとくして方丈の西階よりのぼりて、住持人は方丈の正面のもやの住持人のくらゐによりて、面南して叉手してたつ。大衆は知事已下みな面北して住持人を問訊す。この問訊、ことにふかくするなり。」ことに深くするって言う事は、頭を深く下げる、或いは腰を曲げる角度が深いと言う事です。45度位まで下げるのがあります、一番深いのは。「住持人、答問訊あり。」皆さんがが頭を下げれば、住持の人もそれに答えて挨拶をするって言う事ですね。そして其処に集まった大衆は退くと。

「先師は方丈に大衆をひかず、法堂にいたりて、法座の堦前にして面南叉手してたつ、大衆問訊して退す、」ここで先師ってありますが、必ずしも如浄禅師の事をさすのではないと思いますが、あの、新しく今其処の住職がいるとすれば、その住職の先代の方と言う事になるでしょうかね、先師。あるいはその方のお師匠さんと言う事になるのかも知れません。エー、ここははっきりしません。道元禅師が先師って書いてあるので、ひょっとしたら如浄禅師の事を指しているのかも知れませんが。住職の他ですね。同じくそう言う儀式がある。

「しこうしてのち、衆僧おのおのこころにしたがひて人事す。」あと各自お互いに顔を合せて挨拶を交わすと言う事はあると言う事ですね。「人事とは、あひ礼拝するなり。」人事異動とはちょっと違う。ね。人事って、同じ字を使ってるんだけど、元々はお互いに挨拶する事を人事と言ってる。何処に按配するかとか言う事まではついてないですね。だけども人事行礼って言うと、そうやって相対する人がどう言う人と相対するかって言う事があるので、人事異動に似た様な使い方になって来たのかなと思わないでも無い。まあその辺にしときます。

「たとへば、おなじ郷間のともがら、」同じ国の人が其処で会った時、「あるいは照堂、ありひは廊下の便宜のところにして、幾十人もあひ拝して、同安居の理致を賀す。」まあ図らずも同郷の人と安居する事が出来れば、話は積もるのでしょう。延々としちゃあいけない。ちょっと挨拶をしてかわさないといけないから一応挨拶するのでしょう。幾十人にもとある。「しかあれども、致語は堂中の法になずらふ。」とありますから、余分な事を語らないと言う事ですね。家族の事や何十年も会わなかった昔の思い出話をするとかって言う様な事はここではしない。兎に角ここで一緒に修行する間仲良くお互いしましょう、って言う様な事だけが中心になると言う事です。

「人にしたがひて今案のことばも存ず。」多少は相手の様子によってはそこに付け足したりする大事な言葉を付けると言う事もあるだろう。「あるひは小師をひきたる本師あり、」自分だけが修行に来たかと思うと、お師匠さまも来ている場合もある、一緒に。師匠と弟子が同じ修行道場に修行に来てる場合もあると言う事ですよね。「これ小師必ず本師を拝すべし、」其処でもし自分のお師匠さんが、はからずも修行に来ていたら、弟子はその師匠に対して挨拶をすべきだと。「九拝をもちゐる。法眷の住持人を拝する、両展三拝なり。」それは丁寧にご挨拶をしているんですね。「あるひはただ大展三拝なり。」これも丁寧なご挨拶です。

「法眷のともに衆にあるは、拝おなじかるべし。」法眷と言うのは兄弟弟子みたいなものを言いますかね。法類と言います。同じお師匠さんの流れを汲んでいるグループ。「師叔・師伯、またかならず拝あり。」叔父さんですね、お師匠さんの兄弟弟子に成る方々もお師匠さんと同じ様に大事に挨拶をすべきだと。それから隣の単「隣単」ですね、「隣肩みな拝す、」此処が自分の坐禅をする場所、修行をする場所に、あの僧堂と言う場所はですね、坐禅堂と違って、僧堂と言う場所は一畳位の広さを頂いてですね、左右を大体三尺ですね、三尺頂いて、奥行きは大体一間半あります。その位の場所を頂いて、そこで九十日の修行をするのが僧堂と言われます。だから寝起きと三度の食事と坐禅を此処で行います。それが僧堂。

坐禅堂って言うのは、寝起きの出来る様な寝具をいれる場所がないでしょ。それから函櫃と言って日常生活するのに最小限必要なものを入れる場所もありません。それから食事もあそこで取ってませんね。

だから僧堂って言うのは、そう言う場所です。で、有り難い事には、その自分の場所、その位狭い場所で決まってますから、一目瞭然居る人と居ない人すぐ分かる、ね。九時になってお休みになる時に、こうやって部屋ずーっと見ると、どうして彼処空いてるんだって言うの、すぐ分かる。名前がちゃんと書いてある、誰々の席。どうしたんだって、言う。ねぇ、非常に有り難い。また朝起きる時は鈴を鳴らしてくれるから、其処で寝てる以上はですね、一人だけ起きるのを忘れたまま寝てるなんて言う様な事はない。本当に有り難い。どうもしなくてもちゃんと起きられる様に出来てる。安心して寝ててもちゃんと起こして頂ける良い場所ですね。で昼間は絶対に布団は出しませんから、横になって寝るなんて言う事はない。ここに居る僧堂と言う場所は。各寮に入った人は分かりません。ちょっと色んな事がおきます。僧堂って言うのは良い造りをしてるねぇ。

隣単って言うのは隣の人です。隣肩も隣で良いでしょうかね。肩、隣肩の人。両隣の人に宜しく。ここ良寛様の古いお話しを承る中で、良寛禅師は此処(円通寺)で修行してる時に、隣単の人の顔を見ずって言う様なものが、どっかに文言が残っていると言われております。一緒に九十日生活してるんですが、九十日も居て、隣にどんな人が居たか顔を覚えてないって。如何いう過ごし方をしてるか想像がつきますか。一切他所の人に関係なく、本当にひたすら自分の在り様だけに修行してたと言う事でしょう。

凄い人ですよ。普通気になりますよ、隣。少なくとも顔位見るんじゃないですか。町に行っても、町で托鉢をしてもですね、町の人の浄財を投じてくれた人、そう言う人の顔、一つも見てないって言う様な、なにしろ一連のそう言う文章がどっかに挙げられてますねぇ。さすがに良寛禅師と言われる、やっぱりどこか普通の人とちょっと違う処があるのかね。過ごすのに本当に。ちょっとだけ、ちょっとだけが大きく違うんだ。難しい事は決してしてない。誰でも出来そうな事なんだけども 、本当に違うねぇ。

ここらでは、(安居の巻のご文章を拝読すると)一応ご挨拶してるのね。「相識道旧ともに拝あり。単寮にあるともがらと、首座・書記・蔵主。知客・浴司等と、到寮拝賀すべし。」皆ここはどんな人とも顔を合わせてですね、挨拶を交わしてる。あれ嫌だからおれ嫌だとかって言わないもんね。こう言うのも良い処だね。まだあるね。単独の寮がありますが、「単寮にあるともがらと。都寺・監寺・維那・典座・直歳・西堂・尼師・道士等とも、到寮到位して拝賀すべし。」どの部屋にも行ってですね、ちゃんと挨拶をするって言う事ですね。言葉を交わして。

「到寮せんとするに、」その部屋に行く時に、「人しげくして入寮門にひまをえざれば、牓をかきてその寮門におす。その牓は、ひろさ一寸餘、ながさ二寸ばかりなる白紙にかくなり。」病院に行って予約取る様なもんですねぇ。今日来たんだけども、沢山並んでて入れなかったのでって言う様な事ですかね。それで自分の名前を書いて、某、自分が何処にいるか、僧堂に居るかその他の単独の寮にいるのか、寮を書いて名前を書いて、拝賀と書いて、あるいは又の式と言う、いずれにしてもこう言う書き方ですね。「大旨かくのごとし。」とあります。448頁の最後。「しかあれば、門側にはこの牓あまたみゆるなり。」何枚も、そう言う大勢並んだ時にはそう言う物も貼られると言う事になるんですかねぇ。

「門側には左辺にはおさず、門の右におすなり。」左側にそれを掛けないで門の右に貼っておくと言う。この牓はお昼ご飯が終わったら、その寮の主人ですね、会いに来て頂いた方々の名前をこう剥がしながら、こう言う人来て下さったって言うのを知りながら剥がして行くと言う事ですね。「今日は、大小諸堂諸寮、みな門簾をあげたり。」今日は、だからそう言うご挨拶をするには、部屋が一々一人ずつ開けては入り閉めるって事せずに、オープンのまま一日置くと言う事ですねぇ。そうするとその手間もかからないじゃないですか。どんどんどんどんどんどん、次々。

「堂頭・庫司・首座、次第に煎点といふことあり。」煎点はお点前です。お茶を出すと言う事ですね。「しかあれども、遠島深山のあひだには省略すべし。」下にもありますけども、遠く離れた日本の深山、永平寺の様な所ではとあります。こう言う事を省略するって言う事がある。「だゞこれ礼数なり。退院の長老、および立僧の首座、おのおの本寮につきて、知事・頭首のために特為煎点するなり。」とくに大事な人は、まとめてお茶を出さない。その人だけに為にお茶をたてる。茶道でもそうでしょう。茶室に一人だけお呼びしてお茶をたてるって言うのは、古来から一番、何だろう、相手を尊重する時の接待の仕方でしょう。

で、特に戦国の世の中、明日は敵味方でどちらが刺し殺されて命を落とすか分からない、そう言う間でも、茶室に入る時には、刀とかそう言うもの一切外に置いて、かいくぐらないと入れない様にしてあるじゃないですかお茶室って。外に置いて、武器は一切持たずに入って、そこでお茶を交わしてって言う様な、茶道の中に受け継がれている精神でもある訳でしょう。それを特為と言いますね。

和尚さんたちのご法要の時にも特為煎点と言って、道元禅師様のご命日に、道元禅師だけにお茶を捧げる。あるいは瑩山禅師のご命日に瑩山禅師のご供養するに先立ちて、先師である道元禅師を先にお招きして特為煎点と言って、お茶を差し上げた後、正式に瑩山禅師のご法要が務まると言う様な風にして、特為ですね。特にその人の為に席をもうけてお茶を出すって言う様な事が行われているって言う様な事が書いてあります。

「かくのごとく結夏してより、功夫辦道するなり。」こうやって人と人の接触する事によって、不思議ですね。人と人が接触するって言う事は功夫辦道になるのでしょうねぇ。レストランでお客さんが来る。ウェイトレスさんがそこに接客する。必ず功夫辦道になります。向こうから入って来た人見て、それが良く分からないと、きちっとした接待が出来ないって言う様な事です。朝の此処でもやる粥の時に、粥を注いでもらう時に、注いで下さる人と注いで貰う人が心が一つになって、其処でお粥の量を測ったり注ぎ方をこうやって目の当たりにやって、言葉を発しないで自分の頂く適量をこうやって勘案するって言う様な事、ああ言うものを見ると、まさに功夫辦道してますね。

あれが日常家庭の中で執り行われたら、人は殆ど争いを起こさないと思う。人と争いをする時起こす様な家庭はどうなってるかって言うと、殆ど一方通行です。本当は一方通行なんて絶対ありっこないんだ、向かい合ったら。必ず一緒に動く様になってるじゃん。その時に、自分の思いが強すぎると、向こうの様子をそのまま受け入れる力が無い。それがギクシャクさせる所以でしょう。そう言うなものを、こう言う処を見ると出て来る。

「衆行を辦肯せりといへども、いまだ夏安居せざるは仏祖の児孫にあらず。」何処で私達は本当に実践するかって言う事を考えた時に、こうやって九十日の安居してる時に、その日その時その場所でその事が如実に行われてる訳でしょう。その他の場所でどんなに長い年月居てもですね、その他の場所で行われる事がない。人と触れるって言う事、必ず今なんです。今此処で触れるしかないですね。どんな人でもそうでしょう。何処ででもそうでしょう。今、今皆さんが居る場所で、其処で触れる以外に無い。それが九十日の様子です。何処かで修行するんじゃないんですね。

そう言う事が本当に行われなかったら、仏祖と言われる様な生き様にはならない。或る時はやる、或る時はないがしろにすると言う事になるじゃないですか。これは正しく片時もいい加減に過ごすって言う事はない様に出来てるでしょ。皆さん必ずそうでしょう。何処へ行ったって、今触れてるものと直でしょう。だけど、直に触れて居る事にあまり関心がなくて、頭の中で色々思い浮かんでる事の方を相手にする癖があるもんだから、ちょっとずれるんでしょう。そっちじゃないんだよね、修行って。そう言う事ですね。

「孤独園・霊鷲山、みな安居によりて現成せり。安居の道場、これ仏祖の心印なり。諸仏の住世なり。」これは古い徒の事を挙げておられます。この身心と言われる、この身体のある所が皆さん方の住いだからね。諸仏方もそうです。必ず一人一人自分のこの身心と言われるもの、このものの在る所で生活して来たでしょう。でその生活ぶりを見ると、必ず他の事やってない。そこで今触れてる事だけが展開されてる。そこにちゃんと着眼をしてるから、巧夫辦道になるんでしょう。そう言うものがお釈迦様の、当時行われた様子だと言う事でしょう。

「みな安居によりて現成せり。」安居の巻だから、安居は最初にも申し上げた様に不安は一切無い。どの位一切不安が無いかって言うと、今ここやってるって言う事は、これから、これからする事じゃないからね。もう既に皆こうやって出来てる事でしょう。一つも、付け足さなければ今の様にならないって言う事が無い程、完璧でしょう。余分なもの無いですよ。今こうやってる事から。何か少しでもこうやって取り除いたら、今の様子じゃなくなる。付ける事も取り除く事も無い程、完璧に今の様子ってこうやって出来てる。こう言う処に誰も住んでるって事でしょう。それ見届ける必要がある訳でしょう。自分で。自分の事だから本当にそうかどうか。

それが無かったら確信が行かないじゃないですか。人が言ってる事をただ信じてるだけ。自分の事だから、誰にも目を向けなくても、自分のそうやって今の様子だけにこうやって居る。九十日、良いね、皆安居によりて現成せり。一応九十日って書いてありますけども、本音の方を言えばそう言う事でしょう。今の在り様だけですよ。而今の現成って言う事もあるでしょう。

丁度この辺で。今日の処はそれで終わります。良く分からない事ばかりですみませんね。こんな事をこんなに丁寧に書いてある。どっか修行道場へ連れて行って、直接皆で本当に触れたらすぐ分かる。洞松寺さんにお伺いしてこう言う事を実践してる所にちょっと参画させて貰うと、なるほどそう言う事かってすぐ分かる。でも皆さん方の日常の中でも、なるほどって参考になる事は少なからずあると思う。



スポンサーサイト

安居 Ⅹ

音声はこちら ↓

安居 Ⅹ-1
安居 Ⅹ-2
安居 Ⅹ-3
安居 Ⅹ-4


こんな風にして九十日の間に色んな事が行われるものがですね、道元禅師がご自分の体験談の中でかくも精密に記録されて日本に伝えられている事を読み取ると、驚く様な記憶力でもありますねぇ。皆さんが他の家に行ったら、そこの家の間取りがどうなってるとか、其処にどんな花が活けてあったかとか、夕食はどんな食事が出されたとか作り方がどうだと、その位まで書くと言う事でしょう。体験した事を全て。そうやって九十日ないがしろに過ごさないと言う事、凄いですね、やっぱり。まあちょっと休憩します。

「知事・頭首、小師・法眷、まづ方丈内にまうでて人事す。住持人もし隔宿より免人事せば、さらに方丈にもうづべからず。」人事って今読むのかしら。会社なんか人事。こう言う処から出て来てます。知事も仏教用語です。知事、県知事の知事。知事は修行道場の六知事と言う、いはゆる総務とか色々な役職の名前が挙げられますけども。「方丈にまうでて人事す。」

で、十五日ですから、十五日の朝食の前ですから、粥前、朝お粥のまえって事は、朝のお勤めの後、食事が出るまでの間に其処に集まってる人達は、住職の処に行って、ご挨拶をする訳ですね。そう言う事が此処で人事、人事として行われてます。そこで、「住持人もし隔宿より免人事せば、」とありますが、前日にもう到着している人は、前の日に既に方丈と顔合わせが出来ているので、この日はご免て、やらなくても良いと言う事でしょうね。そう言う事を方丈にもうず、さらに方丈にもうずべからず、ですから、二回もやらないと言う事です。その事が次に書いて有る。「『免人事と』いふは、十四日より、住持人、あるいは頌子あるいは法語をかける牓を、方丈門の東頬に貼せり。あるいは雲堂前にも貼す。」と。

この「十五日の陞座罷、」住職が座に登って説法をする、それが終わってから「住持人、法座よりおりて」法座は高い所にありますから、階段がついてる。だから「おりて堦のまへにたつ。」須弥壇の正面に階段が付けてあって、正面から須弥壇の上に登って行くって言うのが正式です。「正堦」真ん中から登って行く。今はほとんど左から登って右から降りる様に使ってますけど。

「拝席の北頭をふみて、面南してたつ。」そこにお拝をする敷物が敷いてあるから、その北側に立って、面を南側、本尊様を背中の方に頂く様にして、自分が南を向くと言う事ですね。立つ。「知事、近前して両展三拝す。」さっきの様な事ですね。最初のお拝の時に、いっぺん目ですね、「この際の安居禁足、巾瓶に奉することを獲たり。ただ和尚の法力の資事に仗りて、願はくは難事から無んことを。」その住職の元で、主な六人の役職、部長と言ったら良く分かるかな。部長職の人ですね、会社で言えば知事と言うのは。課長職の人を頭首と言います。六人、まあそう言う人達が、先ず最初に部長職の方達が住職と人事する。向き合ってご挨拶をする。

向き合ってご挨拶をする時には、知事の方々から住職に対してお拝をして次の様に挨拶される。此の際九十日ここで皆で足止めをして修行する。あなたのおそばで仕えるんだけども、どうかただ和尚の法力の支持によりて、あなたのお力によって無魔円成って言う言葉を使いますかねぇ。無事に修行が終わるようにって意味合いでしょう。「無事難事なからんことを。」

そう言う風に言葉をかけて、次のお拝の時にですね、時候の挨拶かな。「一展して、寒暄を叙す。」と言う様にあります。「叙寒暄といふは、展坐具三拝了に、坐具を収め、進んで云く、『即辰盂夏漸くに熱なり。』」今日の様なもんですねぇ。夏たけなわになって非常に暑くなりましたねと言う事ですかね。「『法王結制の辰、』」九十日の修行が始まりますけども、「伏して惟れば堂頭和尚」ご住職様、『法候動止万福、下情感激の至りに勝へず。』非常にお元気そうで、私達も嬉しいです、って言う様な事ですね。そう言うご挨拶をしております。

「かくのごとくして、その次、触礼三拝。ことばなし。住持人みな答拝す。」これは坐具を開かないでお拝をして、言葉はそえるものは無く、住職の人はそれに対して一礼を返すと。「住持人念ず、『此者多幸にも同じく安居することを得たり。亦冀くは、某(首座監寺等)、法力相資、諸の難事なからんことを。』」次に住職は、今皆さん方と一緒に修行が出来る、非常に嬉しい。どうかあなた方も力を貸して頂いて、無事に修行が終える事が出来る様に私からもお願いします、とこう言う風にお返事をしております。

「首座大衆、この式に」同じと。あとの頭首とか大衆とか言う三グループにわけてるんですね。知事;部長職、頭首;課長職、そして一般に人と言う風に三部に分けてご挨拶が住職と交わされます。それは最初の人と同じ様にやっていくと言う事です。「この時首座、大衆、知事等、皆面北して礼拝するなり。」住職は南に顔を向けてますから、私達は住職の方を向くと、北の方に顔を向ける事になると言う事ですね。

「住持人ひとり面南して法座の堦前に立せり。住持人の坐具は拝席の上に展ずるなり」ここの本堂にも住職の坐る場所、下に一枚のこう言う畳表の様な物で作った物がありまして、その上に今、少し綺麗な座布団が置いて有ります。あの下に敷いてあるものを拝席と言います。その上にこの先程見せた坐具をひろげて、と言う事ですね。「つぎに首座大衆、住持人の前に両展三拝す。」と。「この時小師・侍者、法眷・沙弥、一辺にありて立す。未だ大衆と雷同して立つことを得ず。」小師は具足戒を受けて10年未満の者、法眷は法系の人、身内、沙弥は小僧さんは一辺にありて立つ。大衆と同席しないと言う事ですね。

「いはゆる『一辺にありて立つ』とは法堂の東壁のかたはらにありてたつなり。もし東壁辺に施主の垂箔のことあらば、法鼓のほとりにたつべし、また西壁辺にも立すべきなり。」空いている場所に立てば良いと言う事ですね。本堂の中で色々な、前日からお泊まりのお客さんとが居たら、そこの席が無いから他の場所、空いている場所でやったら良いじゃないかと言う様な事が書いてあります。

「大衆礼拝をはりて、知事まづ庫堂にかへりて主位に立す。つぎに首座大衆を領して庫司にいたりて人事す。」知事、頭首、一般大衆が最初に住職と人事、挨拶を交わします。つぎには部長と大衆の人達が挨拶をする。この時触礼三拝と言う形をとります。それから後、首座と言う人と知事と大衆が挨拶をする。まあ三つのそのご挨拶の仕方が行われます。これは年に何回か行われますね。人事って言うのは。正月もある。今、年二回安居があるから、夏と冬の時に行われます。年三回位はやってるのかな、人事。人事(にんじ)行礼と言ってますかね。人事(じんじ)行礼とかなるんだろうな、今。

「このとき小師・侍者、法眷等は、法堂上にて住持人を礼拝す。」この時法堂に残って身内の人(小師・侍者、法眷・沙弥)は住職に礼拝する。中でも法眷は最高の礼を以て、両展三は拝する。住職はこれに答拝する。他の小師・侍者は九拝する。住職の答拝は無し。沙弥は九拝、或いは十二拝する。住職は合掌して受けるだけで、答拝はない。

何か印金て言って、お拝をする時の合図に、チンチンチンチンと鳴らす、鐘のつけ方が、チ、チンチンて鳴らす。不思議な鳴らし方をするって言うのだけを覚えております。エーこんな鳴らし方をするんだって、人事の時は。まあそれずーっとそう言う事が行われると言う事ですね。

「つぎに首座、僧堂前にいたりて、上間の知事床のみなみのはしにあたりて、雲堂の正面にあたりて、面南にて大衆にむかうてたつ。大衆面北して、首座にむかうて触礼三拝す。首座、大衆をひきて入堂し、戒臘によりて巡堂立定す。知事入室し、聖僧前にて大展礼三拝しておく。つぎに首座前にて触礼三拝す。大衆答拝す。知事巡堂一迊して、いでてくらゐによりて叉手してたつ。」

首座との人事は、僧堂と言われてる修行道場の、此処で言えば白雲閣の様な坐禅堂の所で首座と交わされる。場所は、住持は法堂でやってますけども、そう言う事が違うんですね。それは四百四十三頁の中程に書いてあるんですね。やり方は大体同じです。それで、その最後の行に「住持人入堂、聖相前にして焼香、三拝して、この時小師聖僧後において、避けて立つ。法眷、大衆に随がふ。」色んな人事が終わったあと住職が修行道場の中に入って行って、文殊菩薩にお拝をなさる。その時住職について居た小師ですね、そう言う人達はこの聖僧様の後ろに身を寄せて、ちょっと隠れる様にして、そこに立って住職がお拝をするのを待つと言う事ですかね。

「次に住持人、首座に於いて触礼三拝す。」自分(住職)が自分の片腕となる、大事な首座と言う役職の人を招いて来ましたから、その人に対してトップの住職はですね、礼拝をしております。よろしくお願いをしますって。こう言うのも普通中々見る事の出来ないものでしょう。

「いはく、住持人、ただくらゐによりてたち、面西にて触礼す。首座大衆答拝、さきのごとし。」その後は住職に対して、僧堂の中に修行僧達が皆住職に対してお拝をする。その後、住持人、そのお堂の中で生活する、九十日一緒に生活する人達が其処に入ってますから、お堂の中を一巡してご挨拶をして歩く訳ですね。「巡堂して出づ。」閲兵、何かあの軍隊なんかでも、こう国賓が来ると、やるじゃないですか。あんな感じですかね。全ての人に挨拶して回る。で、そのお堂の中から出て行く。

「首座前門の南頬より出て住持人を送る。」修行道場のトップに居る住職に代わって補佐を出来る首座と言う人が、住職がそのお堂からお出になる時には、代表してそれを見送ると、首座が。「住持人出堂の後、首座已下、対礼三拝して、」お互いに向かいあって礼拝をして、曰く「此の際幸ひに安居を同じうす、三業不善ならんことを恐る、旦望すらくは慈悲あらんことを。」三業って言うのは、身口意だから、身体でやる事、それから口でやる事、心、心って言うのは思うって言う事で良いでしょうかね。その三つ、それを三業と言います。

身体でやるのは、殺すとか、十の戒律から言えば、不殺生、盗み、不偸盗、不邪淫、それから口業って言うのは、口でやるのは嘘をつかない、不妄語もそうですね、口ですね、あれ。両舌とか、向こうには良い事言って、こっちに良い事言ってって言う様な。それから不瞋恚って言うのは、多分心の中で、あの野郎この野郎くそったれとか思ってる事で、腹を立てる様なのは心の中の働きでしょうねぇ。でもそれが外にでる場合もありますので、そうすると、手を挙げるとか足を蹴飛ばすとか物を投げるとか色々、そう言うのは身業でしょう。身体で行う。まあそう言う色んな事が挙げられます。

「不善ならんことを恐る、」そう言う失礼な事の無い様にしたいものだって言う事ですね。身体で。身体や口や心で行う中で、人に迷惑のかかる様な事はしない様にお互いしよう、と言う事ですね。もし仮にも、気をつけていてもそうやって不愉快な思いをさせた時は、どうかお互いに憐れみをもって許し合って理解し合って行きましょう、と言う様な事が、慈悲でしょう。「望むらくは慈悲あらんことを。」

無慈悲な人は自分の主張が強いから、中々一旦物事や何か争い事が起こると収まらない。そう言う事が一つ出来ると、九十日そこで一緒に修行する時に、非常に厄介な事になる。こう言う事お互いに此処で誓約をしてる。口頭で交わして、しかも身体で良く分かりましたって言って礼拝をして、身体に刻み込むその事を。そう言う事が礼拝をする所以でしょう。

「この拝は展坐具三拝なり。」少し重々しく礼拝をすると言う。大事な礼拝をすると言う。「かくのごとくして首座・書記・蔵主等、おのおのその寮にかへる。」これが儀式が終わると、それぞれ自分の部屋がありますから、そう言う部屋へ役職の人は帰って行くと。「もしそれ衆寮僧は、寮主・寮首座已下、おのおの触礼三拝す。」この僧堂の中で、九十日お堂の中で一緒に生活する人は残って、此処で残った人同士がお互いにもう一回再確認をして礼拝をしあう、と。

「致語は」ってあります。言葉を添えるって言う事ですね。「致語は堂中の法におなじ。」って言う事ですから、先程申し上げた様な事ですね。「此の際幸ひに安居を同じうす、」と言う様な事を同じく述べると言う事です。「住持人こののち、庫堂よりはじめて巡堂す。」一山の住職は、こう言う儀式が終わったら、各寮がありますから、順次次々、病院の院長?あるじゃないですか。何かずーっと入院してる人を回る、何ですか?回診、総回診とか何か言うんですよね。あれに似てる。住持がお堂の中に、台所に人も居る、色んな部屋に居る人の所、どの部屋も全部ずーっと回る。そうするとその部屋の人達は、外に立って出迎えて、どうぞって中に入ってもらって、点検して貰って、ああ此処大丈夫だなとか、障子破れてるじゃないかとか注意されると、後で貼っておきますって言う様な事になるのですね。そう言うな事までちゃんと点検をして行くのを巡堂と言います。こんな事をしています。




安居 Ⅸ

音声はこちら ↓

安居 Ⅸ-1
安居 Ⅸ-2
安居 Ⅸ-3
安居 Ⅸ-4
安居 Ⅸ-5
安居 Ⅸ-6



「さらに衣鉢侍者に充し、あるいは焼香侍者に充する、旧例なり。」そこの侍者寮に皆入って頂いて、改めてその中であなたはこう言う侍者をしてほしい、こう言う侍者をしてほしいって言って役職を付けるのが古い例だと上げてあります。「いわんやその餘の職、いづれも師命にしたがふなり。」お師匠さんの命令に従う。

「他人の弟子のきたれるが、小院の住持をつとめたりといへども、おほきなる寺院にては、なほ首座書記、都寺監寺等に請ずるは依例なり、芳躅なり。」自分の弟子じゃなくて他所の方のお弟子さんが来た場合、他所の小さなお寺の住職を務めた、同じ住職でも格の低いって言うか、あまり仕事の無い寺と言った方がいいのでしょう。だから経験上も小院て言うのは、色んな意味で大きなお寺と比べると未熟と言うか、経験不足の事が多いと思って頂いたら良いと思いますね。そう言う事があるから、大本山の様な大きなお寺に修行に来た場合には、そう言う本来ならば西堂とするべきなんだけど、普通の役職につけるって言う事もあると言うんですね。これは皆美徳なんでしょうね。

「小院に小職をつとめたるを称ずるをば、叢林わらふなり。」小さなお寺で何とかの職に就いたって言って、こうやって、ちょっと何だろう、威張った様な形をする様な人がいるのは笑われると言うんですね。色々あるじゃないですか、不祥事が。見てると、ああ言う例に近いのでしょう。肩書きが着いたから、それを肩に着て変な事をしてしまって、恥ずかしい事になってる人が時々ニュースに取り上げられますが。「心得たひとは、」良き人はですね、自分の事良く心得ている人は、例え他所のお寺の住職をしてきたと言ってもですね、そんな事は一切口にも出さない。口外せずに、同じく一般の修行僧と同じ様に其処に身を隠して過ごすと言う様な事ですね。

次ですね、どう言う風にそこに張り出して書くのかって言う事で、書き方がそこに丁寧に挙げてある。こう言うものを現在も履行してる訳ですね。まあそれを読んで行く必要があるかなあ。「某国某山某寺今夏結夏会衆戒臘如後。」補陀落山円通寺備州今夏結夏会衆戒臘、戒臘ってのは先程申し上げた様に、何時お坊さんになったかって言う、一般の生まれてからの年齢でなくて、お坊さんになった時からの年齢の事を戒臘と言います。後のごとし、これから書いてある様だと言う。最初に陳如尊者って言うのがありますが、これは文殊菩薩をそこに先ず挙げてあります。そして住職ですね、堂頭、住職。この様に書いて行く訳ですね。

「建保元戒」何時出家したかって事ですね。建保元年に受戒した人、そこに当てはまる人は、そこに何人か列記されます。何年某甲○○某甲○○と、こう言う風に書いて行くわけですね。左の頁に行きます。で、書き終わった処にですね、「右謹んで具呈す。若し誤錯あらば、各々請すらくは、指揮せんことを。謹んで状す。」もしここに書いて貼ってありますけども、私の方で書き間違えている事があったら、指摘をして下さい、改めます、と言うことですね。某年四月三日堂司比丘某甲謹状す。だれがそう言う事を出してるかって言う責任者が最後にかいてあります。

「かくのごとくかく。しろきかみにかく。」良いですね。黒い紙の上に黒い字で書いてもちょっと分かりずらいので、白い紙の上に書きます。崩して書くとよく分からないので、「真書にかく、草書隷書などをもちゐず。」きちっとした文書は今でもそうでしょう。ね。もう最近は殆どタイプライターじゃない、何でしたか、ワープロ、パソコンで打ってますから。大学の論文なんかでもだから手書きの論文は教授が受けないって言ってますね、読みずらいから。それは人によって凄く癖があるから。酷い人のは本当読めないもんね。あんなの、酷いのは一日かけて読まないといけない。今の様にちゃんと打ってあるとですね、誰が読んでもですね、こうやって正法眼蔵の本の様にこんな風に誰が見てもちゃんと見える。そう言う必要があるんでしょうね。楷書で書くと言うこと。

で、歪んだりするといけないので罫線の中で書くと言う様な事も挙げてあります。吊るし方も書いてあります。「簾額のすぐならんがごとし。」まっすぐにたてにゆがまずにこう貼っていく。雑な人はですね、一枚はまっすぐ、隣のはちょっと曲がってるとか、こう重なるじゃない、そうすると。見た目も綺麗じゃない。きちっとこう何枚貼っていてもきちーっとこう言う風にするって、中々うるさい事が書いて有るね。(笑)

「四月五日の放参罷に」納める。さっきもありました。日が過ぎていきまして、四月八日はお釈迦様の誕生日。「仏生会なり。」ですね。お釈迦様の誕生日、花祭りをしております。これについてはあまり書かれておりません。書いてないのでそのまま先に行きます。

四月十三日お昼ご飯が終わった後に、衆寮で過ごしているお坊さん達、「すなはち本寮につきて煎茶諷経す。」お茶を飲んでお経を挙げる。「寮主ことをおこなふ。」衆寮の一番トップの人がそれを行う。衆寮と言うお坊さん達が集まってる処に、寮主と言ってですね、一日中そこに寝泊まりをしていて、九十日の間この部屋がですね、きちっと管理出来る体制をとるのが寮主と言います。

どう言う事をしてるかって言うと、畳の葺替えまでしてますね。障子を張ったり、掃除をしたり、花をあげたり。それから其処に来ている人達の 持ってきた日常品などの管理。他人と混じって誰のか分からなくなる事があながちあるもんですから、そう言う事まできちっと整理する。ねぇ。私の無くなっちゃったとかって言う様な事になると大変なんだねぇ。四、五十人居るとそう言う事が起きやすいです。で、あまり、沢山持って来させない様にもしてますけどね。そう言うものが寮主です。

「寮主は衆寮の堂奥に、その位を安排せり。」一番奥の方にその方の場所が用意されてる。全員を監督する為にそう言う位置に居るんだというんですね。「寮首座は、寮の聖僧の左辺に安排せり。」寮主と寮首座と言う、まあ補佐をする方がもう一人おられます。正副でいいでしょうかな。必ず一人で物事はしないって言うのが、大体の所で行われているんじゃないですか。

主な人が欠員した場合ですね、次の人を用意しとかないと運営上、上手く行かないでしょう。そう言う事は色んな場合があるので、必ず次席を用意してる。で、寮首座の方が寮主よりも上位に置いてあるんですね。不思議ですね。僧堂の中でも、首座と言う方は住職の対面になる様に、住職は入って直ぐ右側の処に居るとすれば、その向かい側の奥側に首座と言う方はおります。今は後堂と言う。後堂職と言う風に使ってます。後堂首座と言うのが、元々、今皆さんが首座になる時にやっている道です。

だから彼処にちゃんと椅子をだして、首座を招拝する時に、首座入寺式と言うものを致しますね。ねぇ。だから住職と対等に扱うと言うのが、首座を招く時の儀式です。今は若い人(出家してあまり年数のいかな衣)が首座を務めるのが常です。所謂経歴の中のある一過程として、首座が取り行われてますが、本来は、住職の右腕になる人を、住職は全国の中でこの人なら私の右腕になって貰える人だって言う人をお願いして、わざわざ拝請して連れてきて、住職と対等な入寺式としてお堂の中にお招きする儀式を致します。それが首座の時、今もその儀式だけは残っております。

「しかあれども、寮主いでて焼香行事するなり。」寮首座の方が上位にはいるんだけども、寮主の方がこの煎点諷経する時の導師を務める。他の部屋に居る方々はですね、衆寮以外の所に、色んな所に部屋があって生活してるお坊さん達が居ますけど、その人達はこの儀式には参加をしない。

「維那あらかじめ一枚の戒臘牌を修理して、十五日の粥罷に、僧堂前の東壁にかく、」役職の維那、先程堂司とありましたけど、その方が一枚の紙にですね、集まってきた人達の出家した早い順に、ずーっと名前を連ねたものをそこに書いて貼ると言う事ですね。正面の次の間の南の間なりと書いて有る。貼る位置ですね。そしてその戒臘牌と言う物の前に机を置いて、花燭ですから、花とローソクを用意しております。

それで今度は四月の翌日十四日の最後、お昼ご飯が終わった後、齋後、齋後も齋罷も、罷ものちと言う意味ですから同じですね。念誦牌と言って、これからお経を上げますと言う、そこに次に何が行われるかって言う事が公表出来る様に、会議中とか手術中とかって言う風な札がかけられるのと同じ様にですね、部屋の前にその物がかけられます。念誦牌と言うものを掛けます。

エー「諸堂おなじく念誦牌をかく。」じゃ今度はその牌はどう言う風にかけるかって言うと、衆堂だけでなくて、よその部屋の前にもこれから念誦が行われますよって言う事を知らせるために牌が掛けられます。晩に至って、「至晩」にとある、晩に至って「知事あらかじめ土地堂に香華をまうく、額のまへにまうくなり。集衆念誦す。」土地堂と言うのは、ここの円通寺さんではこの壁の向こう側が本堂になってますが、本堂の須弥壇の裏の右手の奥の方に土地堂牌って言うのが掛けられてあると思いますが、又良かったら見て下さい。明日でも今日でも。

これはお寺を守る土地神ですかね、祀られています。建物や土地を守る、そう言う神様と言って良いですかね、土地神が祀られています。こんな格好してますかね。(右手を目の上の方に挙げて、遙か彼方を見る)こっちのも有りますかね。(左手の場合も)お像も付いています。でその前に皆さんが集まって念誦をする。お経を上げます。やり方が色々書いて有りますが。お堂の前に対になって、六人が三対に並んで、その人達が次々に土地堂の前の焼香の所に両方から出て行って焼香しては戻って来ると言う様な事がそこに書いてある事でございます。

その後に次の頁の四百三十六頁に行きますが、維那と言う方がこの様なものを唱えると言うのですね。「竊に以みるに、薫風野を扇ぎ、炎帝方を司る。法王禁足の辰に当る、これ釈子護生の日なり。躬ら大衆を裒めて、粛んで霊祠に詣し、万徳の洪名を誦持し、合堂の真宰に回向す。祈る所 は加護して安居を遂ぐるを得んことを。仰いで尊衆を憑んで念ず。」と言う風に唱えます。

そうするとその後、十仏名と言って、仏様、十の仏様の名前を唱える。現行曹洞宗では、ここに、間違えていると思うんですが、大乗妙法蓮華経って、大乘妙法蓮華経って言うものを、十仏の他に、十方三世一切諸仏の後にですね、入れておりますが、これは十仏名ではないですね。十仏名って言うのはこれを入れない。これどうして今そうなってるか。ちょっと分かりませんが。誰かがそう言う風に編纂をしたのでしょう。朝のご飯を食べる時にもこの十仏名を唱えますけども、朝のご飯の時にも今十仏名の他にこの大乗妙法蓮華経って言うのを入れていますね。十仏名はだから入れないのが本来、だと言う事ですね。

これを唱え終わると、今度は回向文が唱えられます。「上来念誦の功徳、並びに用つて正法を護持せん土地龍神に回向す。伏して願はくは神光協賛し、有利の勲を発揮せんことを。梵楽興隆して、亦無私の慶を錫はらんことを。再び尊衆を憑んで念ず。」と言って今度は「十方三世一切諸仏、諸尊菩薩摩訶薩、摩訶般若波羅密」と言うのを唱えます。まあそれはその位で良いでしょうね。ドンドン進みます。皆さんそれ以上。申し上げても理解しづらいかと思いますので。

それが終わると太鼓が鳴ります。「ときに鼓響すれば、大衆すなはち雲堂の前の点湯の座に赴す。」坐禅堂、僧堂と言って、そう言う所に坐を移して、今土地堂の前に居ますから、土地堂の前でお経が終わったら、太鼓がなると坐禅をする道場に戻って自分の位置に就いて、今度は其処でお茶がふるまわれます。点湯ですね。このお茶をふるまうのは、堂首或いは頭首、首と言われる一番そこの部屋のトップの人が集まって来た人達に振る舞う、会社で言えば社長ですね。社長が今年入った社員全てにお茶を振る舞うと言う事です。

ねぇ。どう言う事か分かるでしょう。あの、感触として。内閣の総理大臣が出て来てですね、全国会議員にですね、お茶を注いで回ると言う事です。エー、これどう言う事か分かりますよね。「洗足の儀」って言うのをなさったって言うのを承ったけど、あれもイエスキリストが弟子達の足を洗う儀式ですね。色んな所で行われてるんですよ。あの自分よりもずーっと地位の高い人がですね、下ってきて皆さんの所に降りて来て、ちゃんと施しをするって、これで初めて物事が成立するんでしょう、本当に。如浄禅師が座より降りて来て、自らが履いてるスリッパを脱いで眠ってる人を叩いて回ったって言う。一人叩かれたら、他の人も是非私も叩いて欲しいって言って、皆手を合わせたって言う様な事が出て来るでしょう。徳のある人って凄いね、矢っ張り。そう言う気持ちを人に起こさせる、様な気がします。

「清規云、『本としては監院行事すべし。改むること有らば、維那之に代るべし。』」一つの修行道場の総監督である監院とか言う人がこれを勤める。そう言う人が居ない時には維那と言う人がそれを勤める。いずれにしても重要な人達がそう言うものを勤めるって言う事ですかね。「すべからく念誦已前に写牓して首座に呈す。」これは先ほど戒臘牌を書いたんだけども、貼る前にですね、大切な重役の人達に点検をしてもらって、許可を得て、だから一人で物事は進めない。必ず大事な事は上層部の人がそこで集まって、それを必ず一回点検して、そして落ち度が無いと言う事を確認した上で出してる。

しかもそれでさえも、もし誤ったりした事があったら、申し出てくれれば変えますよと言う言葉も付けてあると言う事ですね。こう言うやり方をしております。で、その首座に呈する時にですね、それを持っていく時に、天皇陛下がこの前、剣とか勾玉とか三種の神器のうちの幾つか、二つ位ですかね、お持ちになった時の様子なんかでも、ちゃんと桐の箱に入れるとか、袱紗に包んであるとか、侍者に持たせるとか、うやうやしくそうやって持って行かせる様な気配が此処に同じ様に記されておりますね。

「知事、搭袈裟帯坐具して首座に相見するとき、」威儀を一番きちっとした威儀を整えて行ってる。そしてしかもそのご挨拶をする時に、両展三拝し、ってあります。両展三拝って言うのは、合わせて九拝を致しますけども、両展だから、二回は坐具を開いてお拝をする。これ(坐具)尼師壇と言いますけども、これはお拝をする時にこう開いてですね、敷いてこの上で頭を付けると言うものです。これを両展だから、最初の時は全部開いて前に伸ばします。次の時には折ってやります。これで両展二回開くのね。三回目は畳んだままやるって言うんで、それを両展三拝と言いますが、今は殆どそう言う名前だけであって、略しておって見る事がほとんど有りません。省略して急ぐ事じゃないと思うんですね。本当はやったら良いと思う。まあそんな事が両展三拝。合わせて九拝する。

「そして牓を首座に呈す。」書いてあるものを見せて。そうすると首座はそれを受けて、確かにって言って一拝をして納めると言う。「知事の拝とおなじかるべし。」知事もそのようにする。「牓は箱に複楸子をしきて、行者にもたせてゆく。首座、知事をおくりむかふ。」その物を運んでいる人達をも大事にお迎えしてお送りする。

対己の巻って言う、先輩をどの様に扱ったらいいかって言う指南書の中にもありますが、例えば現代風に言えばですね、丁度お連れした車の運転手さんが居た場合、このお寺の住職は、その社長さんと同じ様に運転手を待遇するって言うのが書いてあります。あれは運転手だから、向こうの部屋で良いって、そんな風な軽率な扱いはしない。社長と同等に扱う。中々人の心を良くつかんでいますねぇ。お前物を持って来ただけだから、あっちへ行ってろ、って言う訳にはいかないでしょう、こうやって。剣を持ってきた方をですね、お前ただそれを三宝の上に載せて持ってきただけだからお前はどうでも良いって言わないで、やっぱり陛下を同じ位の扱いをするのでしょう。ね、そうしないともの事がうまく行かないじゃないですか。まあそんな事がここら辺にもあります。

それから先ほど掲げた牓の書き方にこんな事を書いてると言う事ですね。「庫司今晩就 雲堂煎点、特為 首座 大衆、聊表結制の儀。伏冀衆慈同垂光降。」今日は何のためにお茶を出すのかって言う内容がそこに掲げてあります。皆と一緒にこうやって修行が出来る日を迎えて有難いなと、九十日間仲良くしっかり修行しましょうよって言う様な意味合いでしょうね。そこに日付が書いてあって、庫司或いは堂司代表者の名前が掲げてあります。

「知事の第一の名をかくなり。」だから、庫司比丘某って言う時にですね、私は貫道って言いますが、第一の名を書くだから、貫の字だけ書いて道の字を書かないと言う事になりますかね。それもへりくだると言う形を取っていると言う事ですね。「牓を首座に呈してのち、行者をして雲堂前に貼せしむ。」前門南側の柱の方、南頰と言いますが、「の上に」だから、お堂の中じゃなくて外の方ですね。そこにそう言うものを貼る板が用意してあるから、その板は漆で塗ってあると言う様な事を書いてある。「この板ぬれり。」とあります。そう言う物の上にこの書いた物を貼ると言う。丁寧に書いてある。穀漏子って言うのがありますが、それを入れる、書いた物を入れる封筒の様なものがある、と言う事です。

手紙でもそうですよね。手紙って言うのは文書を書いた便箋だけをそのままって言う事はなくて、封筒の中に納めるのが、まあ手紙になっています。人に見られない様にきちっと封をして持ち歩くって言う事ですね。大事な事だからですよね。葉書は誰が見ても、見られてもいい様な文章を書くのに使われるんです、葉書。だから葉書を見て、その内容を読まれてもですね、あれは問題無いよね。おい葉書が来たよって、こうやって読んでっても構わない。ねぇ。しょうがないじゃんね。あけっぴろげてあるんだもん。封書はその人に来てるから、開封して読んじゃって持ってくと怒られる。

そう言う様な物を入れる物を、ここで同じく穀漏子と言うんですね。でその中から出して貼るもんですから、その入れ物もそこに鋲かなんかでこう貼っておくと言う事ですね。「竹釘にてうちつけたり。」竹で出来た釘、竹釘で打ってある。「しかあれば穀漏子もかたはらに押貼せり。」貼ってある。打ち付けてあるって書いてありますが。「この牓は如法につくれり。」どう言う風な作り方であるかって事がそこに書いて有る。「五分許の字に書く」とか大きに書かないとか、その物の表面には次の様に書くと言って、その書き方が次の頁に書いてある。
「状請 首座 大衆 庫司比丘某甲謹封」そう言う風にかいてある、封書の上に。お茶が配り終わって飲み終わって、全ての儀式が終われば、「煎点をわりぬれば、牓をおさむ。」儀式が終わればそれを取り外すと言う事ですね。

次十五日。ちょっと此処で休憩します。十四日までで。




安居 Ⅷ 

音声はこちら ↓

安居Ⅷ-1
安居Ⅷ-2
安居Ⅷ-3
安居Ⅷ-4


今やっている安居の巻きって言うのは、ちょっと縁遠い処が多いかも知れませんが、始めたので最後まで読み切って行かないと言う事になりますかね。今日は四百二十九頁の二行目から。ざっと読んで行きます。

「清規云、『行脚人欲就処所結夏、須於半月前掛塔。所貴茶湯人事、不倉卒』。(行脚の人、処所に就て結夏せんと欲はば、須らく半月前に於て掛塔すべし。貴するところは、茶湯人事、倉卒ならざらんことを)」

まあ少しずつ読んで行きますが、四月一日から七月十五日まで、九十日、一応の間を夏の安居といたしまして、行いますので、その四月一日に安居をされる方は、修行道場に入る方は、少なくとも半月前に、普通に言えばですね、志願書を出して、そして申し込んでですね、許可を得る必要があると言う事ですね。そうでないと、四月一日から何人集まって、その集まった人がどう言う役割で一つの修行道場で過ごすかって言う事を決定するのに、上手くいきませんので、そう言う事を行います。まあこれは何処でも使っている様な事でしょうけれど。

「いはゆる半月前とは」三月下旬を言うと、良いですね。「しかあれば」三月の内に来たり掛塔すべきなり。四月一日から修行始めるから、三月の十五日以降四月になる迄の間に、少なくともその修行道場、寺に到着をして、と言う事ですね。「すでに四月一日よりは、比丘僧ありきせず。」と言う事は、もう四月一日を過ぎると、お坊さん達はあっちこっち歩き回らない。必ず決まったお寺に止住して、止まってそこで九十日の修行をすると言う事が、古来の在り方ですね。

「諸方の接待および諸寺の旦過皆門を鎖せり。」だから四月一日になっちゃうと、もう完全に、尋ねて来ても、門を閉ざしてですね、入れないと言う様な事になっております。其処で旦過と言うのがありますが、諸寺の旦過ってありますが、せっかくお坊さんも居られるので、今曹洞宗でこの修行道場に上がると旦過寮と言う所に通されまして、まあ一週間位か或いはもっと早いのかも知れませんが、過ごしますけれども、現在見失われている、行われていない旦過寮での事ですが、旦過寮は本来はですね、色々な地方から人が集まってきますので、この円通寺さんでやる場合は、岡山県の条例とか色んな此処に社会生活をする上においての決まりがあります。そう言うものをこの旦過寮の間にですね、きちんと伝えて、修行をするのに困らない様に指導すると言うのが、旦過寮の一つの大きな役目ですけども、今の旦過寮をみてると、殆どなんかいじめとは言いませんけども、修行に来たって言うので、一週間なり一週間びっちり坐らせてですね、何も他にさせないで耐えさせる様な、そう言う風に使ってるのは、本来の旦過寮の過ごし方ではないですね。

旦過寮って言うのは親切に、新しく来た人を生活の中で、そこの各お寺で違いますからね、細かい処は、だからそう言う事をきちっと四月一日迄に伝えて、生活する上に遺漏の無い様にするって言う時間を取ってる訳です。覚えが悪いとかね、上手く行かない、そう言う様な事もあると思いますが。だからそのような人はもうちょっと時間かかる訳でしょう。

或いは普通に旦過寮って言うのは、この九十日安居以外の時には、お寺に夕方の四時位かな、晩課の前にお寺に必ず入ると、泊まる場合は。それが礼儀なんですね。それ過ぎて、それ以降に上がって来て夜泊めてくれって言うなのは、ものを知らない人ですね。そして一日其処へ泊めて頂くって言うって、旦過寮って言う風に使ってます。翌日は朝の食事が終わると、一応お掃除などをして、そして其処を旅立って行くって言う風な使い方をするものですね。まあそんな事ですね。

「しかあれば四月一日よりは、雲納みな寺院に安居せり。」お坊さん達は、修行をしているお坊さん達は皆それぞれのお寺に、自分の決めた所に止まって修行を始める。「庵裡に掛塔せり。」それでいいですね。掛塔せり、言うのは、そこへ届まってと言う事です。「あるいは白衣舎に安居せる、先例なり。」白衣舎って言うのは一般の在家の建物、そう言う所でも届まって修行するって言う事が先例の中にあると言う事です。

「これ仏祖の儀なり、慕古し修行すべし。」古を慕ってその様に修行をすべきだと。「拳頭鼻孔、みな面々に寺院をしめて、安居のところに掛塔すべし。」それ難しい事はないでしょう。今申し上げてる様な事で、一カ所のお寺に決めた所で足を止めて、其処で修行をすると言う事です。ずーっと。

それに対してですね、こう言う事を言ってる人達が居るって言って、注意を促しております。「しかあるを魔党いはく、『大乗の見解、それ要枢なるべし。夏安居は声聞行儀なり、あながちに修習すべからず。』かくのごとくいふともがらは、かつて仏法を見聞せざるなり。阿耨多羅三藐三菩提これ九旬安居坐夏なり。たとひ大乗小乗の至極ありとも、九旬安居の枝葉花菓なり。」ものをよく知らない人はこう言う事を言うってんですね。大乗の見解、聞いた事あるかも知れませんが、大乗とか小乗とかって乗り物の例えてですね、大きな乗り物の方を大乗と言います。

どの位大きな乗り物かって言うと、一切のものを救うと言う様な意味合いがあるものが大乗と言われるものです。小乗の方は小さいので、まあ一番小さいのは自分が救われれば良いと言う事ですかね。そう言う様な考え方があると言うものが、一応ここで大乗の見解なんですね。この人はだから、そう言う大きな乗り物で人を救う事を考えてる時にはですね、九十日、其処のどっかのお寺に止まって修行する事よりも、そう言う内容を理解する事の方が大切だって思ってる。

今でも色んな所で見かけるのはですね、物事を理解する方が大切だと思ってる人沢山居ます。物事は理解するんじゃなくて、実践する方が大切なんですね。ねぇ。実践する事によって初めてそのものが生きて来る訳だから。理解してるだけではどんなに素晴らしい理解を持っていても、あの本当は救いにはならないのですねぇ。そう言うな事を、此処ではこの魔党と言う、ものを良く分からない類いの人達は考えておられると、こう言う事ですね。

だから夏安居と言う実践する方はですね、それは酷い事を言えば、其処にサンプルがあってそれを真似する様なもんだって思ってる訳ですね。だけども私達はですね、人の物真似をするって言う様な事を使いますけども、やってみるとですね、他人の物真似は一切した事が無い。分かりますか。やってみると分かります。絶対人の真似はしませんよ。ここ(頭)が人の真似としてると思ってるだけですから。似た様な事をしますから。

だけど実践すると、絶対他人の事やってない。初めて自分の身体で自分がやってる事が出て来るんですね。真似ているとその内立派になると言う様な事も、時々使う人がいるじゃないですか。あれ真似てるからじゃなくて、実践してるからですよ。こうやってご覧って言って、実践するとすぐそうなるからねぇ。実践て言うのはですね、その効果が現れるのに時間がかからない。

良いですか。これ(コップ)をこっから此処に動かして下さいって言って、実践すると直ぐ効果が現れるからねぇ。考え方って言うのはそうじゃないですね。こっから此処まで動かして下さいって、何時になったら結果が出て来るか分からない。考え方って言うのは。不思議なもんですね。思うだけだから。こうやって、こっから此処動かしたら、こう動いて来る様になるんじゃないかって思ってる訳。だけど実践はこうやってやると、誰でもイキナリその通り結果がついて来ます。

こう言うのが九旬安居と言われる実践してる事ですね。道元禅師はそう言う事をだからそこにおっしゃっておられるでしょ。「あながちに修習すべからず。」そんな事はどうでも良いって言い方でしょう。そう言う事を言ってる人はですね、「かくのごとくいふともがらは、かって仏法を見聞せざるなり。」凄い事を道元禅師はおっしゃる。本当の教えに出会った事がないのじゃないか。見たり聞いたりした事が無いのじゃないか。だからこんなつまらない事を言うんだと言うんですね。

「阿耨多羅三藐三菩提」至極ですね。この上ない尊いものの在り様です。それを道と訳します。道と訳してます。無上道とかこの上ない道。「これ九旬安居坐夏なり。」その実態は、その実践してる事を除いては無いのじゃないか。だから例え大乗であろうが小乗であろうが、「至極あり」と言えども、至れりですね。極意に至る。まあどちらにもあるでしょう。だけどもそれは正しく、この九十日実践してる中の様子であると言う。

樹木に例えれば、根であり茎であり枝でり葉であり花であり実である、言う様な事が、一本の樹木でですね、行われるけども、九十日の間に行われてる様子の片々、所々そう言うな事があるが、それは全て九十日の修行の中の様子であって、それ以外の所からそれを得る事は出来ない、と言う位はっきり説いておられますね。

で、次の処から段々実践。一日はいいですね。一日は先ず入った。それから四月三日になると、朝ご飯が終わった後ですね、初めて事を行うといへども、「堂司あらかじめ四月一日より戒臘の榜を理会す。」とあります。この九十日一緒に修行する人達が、どう言う方がここにいるかって言う事を書き出し、ですね。

何だろう、今日はアメリカの大統領が、五時位に着くって言うんだけど、着いてる。東京は大変だな。エーまあ何でそんな話をちょっと出したかって言うと、例えば大統領が晩餐会に出席するとなるとですね、そこに列席する人は全部警察の方で網羅してあってですね、チエックが出来る様な体制にしてる筈です。門の所でね。名前も書いてない様な人が来たらですね、つかみ出される。そう言う必要があるでしょ。一緒に生活するって言う事は。会社でもそうでしょう。自分の会社の社員でない者がそこに来て、朝来たら働いてたりしたら、まずいじゃないですか。そう言う事ですね。

だから堂司って言うのは、下にもちょっと書いてますけど、維那と言う役職の別名でもあります。で、修行道場の維那って言うのは、禅門の三禅師と言われる位、三人の禅師の内の一人なんですね。それ位重要な役です。今は禅師って言うと、ご本山なんか一人だけ禅師ですね。住職だけが禅師です。あとの人はありませんが、三禅師の中に維那って言うのは入る位重要な役の方です。

そう言う方がですね、名前を書いた物を用意する。そしてそれは四月三日の朝ご飯が終わってから、それを部屋の前に、どの部屋にかけるかって言うと、衆寮と言う修行に来ている方々が一纏めに居る部屋の所にそれを掲げる。前門の下間、下間って言うのは、ここの白雲閣、行っても正面から坐禅堂へ入る訳ですが、正面から左を下間と言います。右を上間と言います。上の間下の間と書きます。真ん中を中央と言いますが、中央から右を上間、左を下間と言います。だから左側の方にそれが書いてある。それは丁度左側から出入りしますから、一番見やすいのかもしれません。格子戸になってる様な所、櫺子ですね、寮窓、寮の窓は格子戸がこうある。そう言う所に掛る。

夜坐禅が終わるとそれを一応取り外して、また明日になると掛けて、それを三日から五日までの三四五の三日間行われると言う事だね。「三日より五日にいたるまでこれをかく。をさむる時節、かく時節おなじ。」「かの榜、かく式あり。」それを書く書き方がある。どう言う事があげられてあるかって言うと、「知事頭首によらず、戒臘のまゝに書くなり。」と言うと、お坊さんになって年月の古い人から順番に名前を書いていく。例え役職が凄く上の方であろうがですね、それには関係なく、一日でも早く出家をした人が先輩になると言う書き方をすると、こう言う事ですね。

道元禅師も中国にいた時に、この事である修行寺に上がった時に、そこがちょっと理不尽な行いがされたって言うので、それを文章にしたためて意見を具申したと言う様な歴史がどっかに残っていたかと思います。聞いた事あるかと思いますが。道元禅師と言う方はそう言う事(知事頭首によらず、戒臘のまゝに書く)をご存じだったのでしょうね。だからこれを外国の人に注意されたって言うので、中国の住職さん達は、これはただならぬと言う事にもなったのでしょうね。ものを知らない外国から来たから適当に扱えって、そう思ったんだが、中々そうは行かないと、言う様に大事な事でしょうね。

「諸方にして頭首知事をへたらんは、おのおの『首座』『監寺』と書くなり。」肩書きとして他所ですね、今日ここで修行するのに人が集まって来る訳だけども、その前に何処かお寺でこう言う役職を務めていたと言う立派な役職についていた方は、肩書きとして、首座とか監寺とか言う肩書きを上に付けて、監寺誰々、首座誰々とつける、とこう言う事ですね。しかもですね、ここに来るまでに沢山の役職についたならば、その中で一番重い役職、一番上の役職を取り上げて付けると言う、まあこれは何処も大体そうでしょう。

さらに、「かって住持をへたらんは、」何処何処のお寺の住職をしたって言う人は、某甲西堂と書くと。「小院の住持をつとめたりといへども、雲水にしられざるは、しばしばこれをかくして称せず。」小さなお寺の住職をした場合はですね、わざわざ私は何処何処の住職をしたらか、何々西堂って言う様な事は書かない、これ美徳でしょう。逆にそう言う事をひけらしたい人も中にいるって事が、この背面に見る事が出来るって言う事でしょう。だからこう言う事を注意しておられるのでしょう。

「もし師の会裏にしては、西堂なるもの西堂の儀なし。」お師匠さんの元で修行するって事になれば、他所の住職をした経験が有っても、一切そう言うものは出さないのが古来のしきたりの心得。奥ゆかしいと言うのでしょう。どう言う風に書くかと言うと、「『某甲上座』書く例もあり」と。「おほくは衣鉢侍者寮に歇息する、勝躅なり。」師匠の弟子、師匠の元で修行している様な人達は、他所で住職をした様な方達は、おそば付き、何だろう、秘書課みたいなもんかねぇ、そう言う所に入るって言うのが、大体慣わしだと言う事ですね。

侍者と言うのはですね、ただ単にお付ではなくて、焼香侍者と言う侍者、五人一応侍者が有りますけど五侍者、五侍者の中で、焼香侍者と言うのは、そこの現住職が法要を務めたり何かしてる時に、もしもの事があって倒れたり、命をそこで失う様な事があった時には、住職に変わってすぐその儀式をそのまま続行する役職を持っております。だから住職に匹敵するだけの能力がないと、侍者って言う役は受けられない、受けない。だから他所の住職をした人達がこの侍者寮に入るって言うのが良く分かると思います。今は其処まで厳密にやってないから、何か有った時、困る事が有るかも知れません。まあ他の人がやるでしょう。






坐禅箴 Ⅷ

音声はこちら ↓

坐禅箴Ⅷ_01
坐禅箴Ⅷ_02
坐禅箴Ⅷ_03
坐禅箴Ⅷ_04

「彫龍」彫った龍ですね、「彫龍を愛するより、すゝみて真龍を愛すべし。」って言うんだけども、じゃ本当の龍ってこの世の中に居るのかって言ったら、普通に考えたら、龍自体が架空の動物ですから、本当にには居ないものです。此処で真龍って何を指すかったら、皆さんの本当の、自分の本当の在り方を指す。それを真龍と指してます。生まれてから後、で自分の考え方を中心にして、彩りをつけたり、色んな事をやっていくものの方を彫龍と言います。どっちが大事かって言うと本物の方が大事だと一応言ってる訳ですね。

これを普通に蛇に例えたら、彫刻の蛇よりも生の蛇の方を相手にした方が、本物がよく分かるということです。絵を見るよりも実物を見るほうが良い。レコードを聴くよりは生の演奏に触れた方が良いという事です。みなそうなってるじゃないですか。だけど知識がはびこって来て、今のこうやって電子機器の様な物が発達したもんだから、実物ほとんど抜きになってきてる。実物よりも本物に近いぐらい今の電子機器って物はリアルに物を想定させるもんだから、それで済んでるけど、やっぱり仮想の物は仮想です。お花なんかでも造花の花を見ると、本物の花よりも綺麗だ。ウワーっと思う様な花が売られてるね。その位今は素晴らしい技術がある。それでも矢張り本物とは違う。本物を知ろうと思ったら本物で学ばないと分からない。偽物でいくら勉強しても本物は分らない。ね。そう言う事が「彫龍を愛するより、すゝみて真龍を愛すべし。」とこう言う事です。

「彫龍・真龍ともに雲雨の能あることを学習すべし。」彫龍は彫龍、真龍は真龍でそれぞれ持ち味があって、違ったものがはっきりそこで勉強できる力を持ってる、どちらも。だから良いのでしょう。これが真龍 も彫龍も同じ様に見えちゃったら、皆さん大変でしょう。騙される。(笑)そんなことはないですね。

そこで身近な事を道元禅師がおっしゃってる「遠を貴することなかれ、」この当時も最近ででもそうだと思うけどもで、日本の方なんかヨーロッパとか欧米から入って来た物が、日本の文化よりもすぐ尊ぶ癖があったでしょう。舶来品とか言って。他所の国の物を非常に高く思う気風があった。これを逆にすればですね、自動車なんかでもそうだけども、国産車って言うけどもねぇ、日本の車だって外車ですよ、アメリカ行けば、イギリス行けば、フランス行けば、日本の車は外車ですよ。だけど日本人はそうは思わないんだねぇ。他所から入って来た車だけを外車だと思ってるから、外車に乗りたいって言う人沢山居た。何か外車に乗ると、少し何かリッチになった様な気になるんだねぇ。日本の車の方が、他所へ行ってみたら良く分る様に、素晴らしい性能の良い車です。だからトヨタでもこんなに売れるのでしょう。伸びてる。誇りに思って欲しい、日本の文化を。

そういうような処に遠くにあるものを大事にする。私なんかも静岡県から来てるから、この高知に、もし同じような人がいても、ですね、皆さん方は高知の地元に居る人よりも私の方が絶対他所から来た人としてですね、持ち上げてくれる。隣にどんな立派ない人がいても、何だって、その位にしか扱わないんでしょう、皆さん。不思議だね、人間てね、近いものは凄く安っぽくするんです。で、日本の人達はすぐ海外の人材派遣か何か知らないけど、他所に行って名声を上げると、日本の人達はすぐもてはやす。日本ではうだつが上がらないんだけど、他所に行くとウワーって言って、そのウワーっていった処帰って行くと、愚かだから、ウワーって言うんですよね。それ位日本の文化は今低いと思うね。そう言う様な事が「遠を貴することなかれ、」「遠を」今度は蔑んだ様な事をするなって言ってる。

どちらにしてもものの本当の価値を見失わないようにしなきゃ駄目じゃないかなと言ってる訳です。近くにあるから遠くにあるから、そう言う様なものによってものの真価が見失われる様な生き方をしてはないじゃないかとって言ってるのね。誰かが褒めたから立派、誰かを貶したからつまらなくなるって言うもんじゃないじゃないですか。そのもの自体は。そう言うものでしょ。

その後、「遠に慣熟なるべし。」って言う事は、今申し上げてる様な事です、慣熟って言う事は。物事に十分慣れて上手になる。木の実で言えば、木からもぎ取らないまま熟すって言う事ですね。それを完熟と言います。早いうちにもぎ取って、バナナなど青いうちにも見とって室に入れて色が付いて甘くなるのを待って売り出すって言うのは、完熟のバナナではない。木についたまま赤らむ、そう言うもの食べたことがある人はよく分ってる。全然美味しさが違う。パイナップルにしたってそう、同様に。マンゴーにしたってそう。色んな物、トマト、胡瓜何でもいい。色んな物見てごらん。そっから切り離して慣熟っていう事は得られない。そう言う事実から切り離して慣熟って言うものは得られない。本当にその事実そのものに親しく居るって言う事が、ものを本当に見極めるだけの力がつく道です。坐禅もそうです。坐禅をして他の事やるんじゃない、坐って。考え方で坐禅どうのこうのって取り扱うんじゃなくて、坐っている自分自身の今の在り様が、本当にどうあるかって言う事を自分の身体ではっきりさせる。そういう道です。

でその後に、近の事も出てるけども、同じ様に近い方も書いてありますが、その後「目をかろくすることなかれ、目をおもくすることなかれ。」さっき目も話したけども、目。目ってどういう働きをしてるか、皆さんこれここは今日まで生きてきてるから、目がどういう風に物を見てるか、っていうことは私が説明しなくても知り尽くしてると思うけども、目って不思議ですよ。何時でも今見えてる様子だけですよ。他の事は絶対目に映りませんよ。今見えてる様子だけですよ。何処をこうやって見ても、今見えてる様子だけです。前に見た物が一切出てこない。知ってますよね。

こうやってやって見ても分る。(扇子を開いて見せる)これ前に見た物が一切出てこないでしょう。今こうやって触れてる物だけが、こうやってあるだけでしょう。これだけだって凄い事でしょう。もし皆さんがそう言う風な生活をしてごらんなさい。今見えてる様子だけだったら、どういう風になるか分かりますか、生活が。あれがこれが、って言わなくなるのでしょう。そうやって目に学ぶんです。目はそう言う風になってる。どんな良いものもどんな醜いものも、一つもどこにも残さない。どっちにも軍配を上げない。同等にきちっと、どんなに汚れてる物でもどんなに美しい物でも同じように優劣をつけずに、ちゃんと受け取って生活する力を持ってます。

ここは(頭)違う。自分の中で気に入るものと、気に入らないものと思ったら、気に入らない物はいい加減に必ず扱う。気に入る物は丁寧扱うかもしれない。そう言う風な、何だろう、偏見を持った生活に変わるじゃないですか。眼はそう言うもの持ってませんよ。それだから道を歩いてても危なげなく歩けるのです。全部その通りちゃんと見る力を持ってる。ドブがあれば、穴が開いてれば、木が倒れても、ねぇ。そうやって皆さん毎日生活して居る事をご覧なさい。こんな楽な事はない。問題が一切起きないんだもん、それで。 実際そうでしょう、眼って。
(質問あり)
はい?
(問題が起きないからドブにそのまま歩いて行っても大丈夫?)
大丈夫ですよ。
(そうなってるなら、)
そうなってる筈なのに、生活を聞いてみると、色んな問題が起きて困ってる訳でしょう。
(そうじゃくて、皆避けるでしょう。坊さんがわざわざドブ突っ込んで行かないでしょう?)
エー?
(行く訳じゃないでしょう)
何処へ?
(ドブ)
勿論です。
(でも、もしどちらも同じなら隔て無くドブにも足を入れて行くんでしょう)
何で?
(だって同じなんでしょう)
だからそれは考え方と言うもんでしょう。
(揚げ足だったかもしれない)
考え方だからそうなるでしょう。皆おなじ様に見ようとする。眼はみんな同じ様に見ようとはしない。全部その通り違って物が見えるんです。それでいてしかも差別意識は何にも持たない。そう言う優しい働きをしてます。そう言う処が違うんですね。考え方と実物、考え方ってそうやって一つの定義を教えると、全部一様にそうやって、同じだから良いじゃないかって、そう言う働きをさせようとする。優劣がないならば、綺麗汚いがないならば、ドブの中だってそのまま避けずに行きゃいいじゃないかって言う様な考え方を起こすんじゃないの。それが優劣を起こしてないことじゃないかっていう風に (そう思い込む)思うだけじゃない。だけども眼はそんな事はしないじゃない。そうなってますよ。

もう一つ、「耳をおもくすることなかれ、耳をかろくすることなかれ、」誰かがそう言ってたからって、それを信じるっていうこともあるでしょう。「耳をかろくすることなかれ、」って言うと人の言ってることなんかどうでもいいじゃないかっていう扱いもあるでしょう。軽くするんだから。だけど、本当にここで言いたいのは、その後に耳や目をしてですね「耳目をして聡明ならしむべし。」とあります。これがここで言いたいこと。あなた方の持ってる耳や目の働きを通して「聡明ならしむべし」っていうことは、聡明って知ってますよね、や聡明な方だから。エー、ね。聡明が方でしょう、皆。だから聡明ならしむって、本当に自分の目や耳で実験してみるとその様に皆はっきりしてるでしょう。

こうやって見ると分る。(扇子を開いて見せる)こうやって。皆はっきりしてる。どの位はっきりしているかって言うと、 同時に二つの様子が出てこないって事が、聡明な人の在り様じゃないですか。二つの聞こえ方をが、こう、チンチンチンチン(おりんを打つ)しないという事が聡明な皆さんの耳の様子のじゃないですか。だけど実生活を見ると聡明じゃない人の方が多い。チーン聞いて腹立つんだもん。チーン聡明じゃないですよ。見て腹が立つんだもん。何でですか。こうやって色んな物にふれて、見たり聞いたりして腹が立つ。

もう一回勉強しときますけども、見たり聞いたりする時にもう一つの様子って出てこないんですよ。もう一つの様子が出てこない時に腹が立つ人って居ないんですよ。もう一つの様子が出てこない時腹が立った人居ますか。なんでこんなもんだけだとか言って、そう言う事さえも無いのでしょう。その事だけがあるから。それが皆さん方の毎日の根底の様子です、生活の。誰もがそう言う上で生活をしてます。だけども考え方を通して物を見てるために、こう言う事が自分の上で行われてるって事を殆ど見過ごしてる。或いは、触れたことがない。

坐禅て言うものは、そう言う自分の本質に触れる唯一の道です。坐って何もしないで、チーンこうやって音がした時に居てみると良く分る。その通りの音がするだけで、一切問題がない。明確にその通りの音が、音がしてる間中聞こえて、音が止んだ途端に、どうもしないのに聞こえなくなるほどすっきりしてます。皆さんはこの音が、し終わってから、さっき聞いた音を取り上げて、そしてああでもないこうでもないってと言って生活してっる。それは音を聞いてるわけじゃない。

物もそうです。見終わった後にそれを思い起こしてあれがこれが、って言ってます。それは物を見てるって言うことではない。全然次元の違う世界ですよ。滓(かす)、滓を取り扱ってる。もう完全に味わい尽くした後の物です。味わい尽くすというものは、音がしてる時、音がしてる時だけでなきゃ、音は聞けないんですからね。音が止んじゃってから音を聞く事はないですからね。物はそこに触れてる時にしか見えないから、触れてる時以外にその物を見るっていう事はないのです。そう言う風に基本的に私たちは生活してる。そう言う自分の本質というものに触れさせる道が、禅と言われる。坐って言うのは、そう言う時間です。そう言う様な事が此処に二人の会話を通して、その中で道元という方がそれを教材にして皆さん方にこの様に色々述べておられる。それを、坐禅をする時のテキストとして申し上げて、今日は終わりにしておきます。